三浦按針の「遺髪」は出土していないー明治38年「時事新報」の発掘調査報告よりー

三浦按針の遺髪は出土していない  
   ー明治38年の発掘調査報告よりー

  神奈川県横須賀市西逸見町の塚山公園の丘上・安針塚に、徳川家康の外交顧問・英人ウイリアム・アダムズ(日本名・三浦按針)夫妻の供養塔があり、現在は国史跡となっている。この「三浦按針の墓下から鬢髪が出土」の記事が、世間をにぎわせているが、これは、事実ではない。

 安針塚の発掘調査は明治38年(1905)5月23日より、英国公使マクドナルド氏・周布神奈川県知事らの立ち合いのもと、3日間に亘る大掛かりな発掘が行われ、その結果、墓下からは三浦按針の遺骨・遺髪・遺物などは、何一つ出土しなかったことが判明し、その情報は、当時の「時事新報」の記者によって報じられている。

 ところが、明治38年の発掘調査から一世紀余り経た2019年5月9日、横須賀市西逸見町の三浦按針の菩提寺の住職が横須賀市役所に訪れ、「横須賀市安針塚の墓碑下からウイリアム・アダムスの遺髪・遺物が出土したと記された浄土寺の「古い文献」を発見し、これを横須賀市が公表したという、驚くべき記事が目に飛び込んできた。逸見は三浦按針の旧領・三浦郡逸見村である。

 その浄土寺の「古い文献」とは、大正10年、同寺が記録した書物で、それには「明治38年の発掘調査で、三浦按針の鬢髪と遺品が出土し、按針の墓であると認定された」と記してあるという。これを、横須賀市が何ら裏付けを取らずに、新聞記者に公表したようである。この記事は、「日経新聞」2019年5月11日付夕刊、「神奈川新聞」同年5月9日付、「朝日新聞」同年5月13日付の地方版、「タウンニュース横須賀版」同年5月17日号、「毎日新聞」同年5月31日付の地方版など、一様に掲載され、デジタル版にも公開されている。この偽情報が拡散し、間もなく、情報科学研究所のホームページ・東海大学湘南キャンパス教育研究所に「三浦按針の遺髪出土記事」が引用されていることに気が付いた。

 昨今、インターネットは国内外で閲覧可能であり、三浦按針の墓から「鬢髪が出土」という誤報は、横須賀市という公共機関が公表したことによって事実化し、内外の研究者に大きな影響を与え、今後も与えるであろう。2019年に、長崎県平戸の三浦按針の墓下から出土した人骨を西洋人のものと断定した長崎県平戸市や臼杵や伊東、さらに英国にとっても、三浦按針の「鬢髪出土」という誤報は、今後の三浦按針の研究を進めていく上で極めて危険である。また三浦按針をNHK大河ドラマにという横須賀市の運動が実現した際、番組の中で「鬢髪出土」などと報道されると、大変なことになる。

 この誤報記事について、横須賀市文化財専門審議委員会の前委員長が横須賀市の担当部署に抗議したが、そのまま放置して置けば、後世、時代を経て、再び、浄土寺の文献が「新発見だ」と報道されてしまう事にもなり兼ねないと言い、そこで、私達は、誰を責めるという訳ではなく、後世に、正しい情報を伝える義務があると考え、ここに書き留めて置くことにした。

明治38年の「時事新報」の記事の紹介
 横須賀市按針塚の墓碑は明治38年5月23日より3日間に亘り発掘が行われ、結果は『時事新報』に報道され、その最終日の5月28日付の記事に「去る二十三日より発掘中(中略)大学教授柴田杖英氏出張鑑定の上、発掘をし居れども、證拠を得る能わずと云ふ」と記され、何も出土しなかったことを報道している。当時は「発掘調査報告書」なるものを作成しなかった時代であり、新聞記者が5月24日から3回シリーズで掲載したものである。このことは、すでに横須賀在住の著名な研究者・故高橋恭一氏が、生前、この『時事新報』の一連の記事を示し、大正10年に書かれた浄土寺の文献の誤りを指摘した遺構があり、このことは学会および横須賀在住の一部の研究者は承知している。つまり、浄土寺の書物は、今日、新発見されたものではないである。

 三浦按針の上司であった平戸商館長コックスは、その日記『リチャ―ド・コックスの日記』1621年12月29日条に「予は(アダムス)の遺言により、其脇差を其子ジョセフに渡したるに、涙を以て授受せり」とあり、鬢髪を渡したことは述べていません。鬢髪をジョセフに渡したとすれば、コックスは、日記にそう記した筈である。三浦按針を書いた書物はいくつもありますが、一般書は誤記であっても、そのまま孫引きするので「切っても、切っても、金太郎アメ」であるから、以下に、研究者が原資料から執筆した書物から、按針塚の発掘の部分を抜粋しておいた。

⓵岡田章雄著『三浦按針』思文閣出版1984年刊292頁
「明治38年5月22日に神奈川県知事と在留イギリス人立会いのもとに、塚の発掘が行われた結果、同所には遺体が埋葬された形跡が全くないことが明らかにされた」

②加藤三吾著『三浦の按針』大正6年刊60~61頁
「明治38年5月某日、英国行使サー・クロード・マクドナルド夫妻、周府神奈川県知事、ジェームス・ウォルター、ドクトル・ホイラー諸氏立会の上で発掘に着手したが、墓石の下からは何等の遺物も発見されなかった」。                    (鈴木かほる記)

2019/10/1 知恵泉 三浦按針

20191

江戸初期に栄えた国際貿易港浦賀に「日西墨比貿易港之碑」が建立されました(2019年4月25日)。

  2019年4月25日、横須賀市東浦賀須崎の東叶神社に国際貿易港の記念碑「日西墨比貿易港之碑」が建立され、多くの御参列を頂き除幕式が行われました。

謝 辞 

 本日は、国際貿易港の碑「日西墨比貿易之地碑」建設の、除幕式にあたりまして、このように多くの方々に御参列頂きまして、大変、嬉しく思います。恐らく国内において、平成最後のモニュメントとなったのではないでしょうか。

 建碑の由来を申し上げますと、浦賀湊は、徳川家康の鋭意によって、スペイン貿易港として開港され、大航海時代にマニラ・ガレオン船の寄港地として、重要な役割を果しました。浦賀地域の象徴である、ここ東叶神社において、御披露目することができますのも、歴史に御造詣の深い永井宮司様、並びに氏子会の方々の、深いご理解の賜物でございます。建碑にあたりましては、浦賀は本より、東京や静岡そして岡山県の方からも、御支援を頂きましたことに、改めて皆様の文化的意識の高さを実感した次第でございます。そして、この建碑の仕掛人は、藤本美智子氏であります事を、私から一言、御紹介に留めさせて頂きたいと思います。
 貿易港といえば、長崎の研究が主流であって、残念ながら浦賀が国際貿易港であったという史実は、周知されていないのが実状でございます。オランダとイギリスの貿易港は平戸でございます。ポルトガルは長崎です。スペインは浦賀でございます。町起こしの原点は観光であり、観光の源泉は歴史や文化でありますこの記念碑の建立は、横須賀市が提唱する「国際 海の手 文化都市」という、地域に根ざした町づくりとの連関において、観光資源としても、誠に意義深いものと考えております。 
 歴史研究には、終着点はありません。この記念碑の存在によって研究が進展し、浦賀が国際貿易港として認知され、海を越えて伝播していくことは確実でございます。徳川家康のお膝元である静岡市では現在、歴史博物館の建設を進めておられますが、そこに常設展示として、浦賀・スペイン外交のコーナー特別に設置するそうでございまして、私も協力を呼び掛けられております。
 いずれ浦賀も、長崎と並び生徒が学ぶべき外交史として、教科書に投影されることは、必定でございます。この記念碑の存在によって、内外の多くの人々が、浦賀を訪れて下さることを、発起人一同、期待致しております。

最後になりますが、僭越ながら本日、御参列の方々に心より感謝を申し上げますと共に、皆様の一層のご多幸を祈念いたしまして私の挨拶とさせて頂きます。本日は誠に有難うございました。

                    平成三一年四月二五日  日本海事史学会  鈴木かほる

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  碑文は以下の通りです。

          日西墨比貿易港之碑  

 Monument of Trade between SpainMexicoManila via Uraga

 慶長3(1598)、徳川家康はスペイン(西)領メキシコ()から新製錬技術を導入するため、スペイン領マニラ()からメキシコのアカプルコ港へ向かうスペイン商船(ガレオン船)を浦賀湊に寄港させるよう交渉した。そのため慶長5年に上陸した英人ウイリアム・アダムス(日本名・三浦按針)を顧問とし、江戸邸のほか三浦郡逸見村の采地と浦賀邸を与えた。三浦按針はマニラにも渡海し浦賀貿易再開のために尽力した。江戸・浦賀・静岡・伏見・大坂にはフランシスコ会修道院が創設され、浦賀洲崎にはスペイン人を保護する高札が立てられた。この浦賀貿易を管轄していたのが船奉行向井将監忠勝である。

浦賀湊には前フィリピン総督ロドリゴ・デ・ビベロ・イ・アベルサやメキシコ副王の使節セバスチャン・ビスカイノが訪れ、三浦按針建造のブエナ・ベントゥーラ号はロドリゴの帰国のために提供され浦賀を出帆し、幕府船として初めて太平洋航路横断を果した。伊達政宗の遣欧船サン・ファン・バウティスタ号もスペイン国王使節ディエゴ・デ・サンタ・カタリナを乗せ入港している。

三浦按針の母国との通商成立は来日から14年目であり、その3か月後の慶長1812月全国にバテレン追放令が公布された。元和2(1616)貿易港は長崎・平戸に限定され、三浦按針が平戸への移住を余儀なくされるまで、浦賀は長崎と並ぶ東国唯一の国際貿易港として重要な役割を果した。

 2019年4月吉日 建之

  建碑発起人  浦賀湊を世界文化遺産にする会

  撰   文   日本海事史学会 鈴木かほる

  建碑賛同人  東叶神社氏子会

         寄付者一同(裏面に記載)

 

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国際貿易港浦賀に建立された「日西墨比貿易港の碑」

  神奈川県全域・東京多摩地域の地域情報紙

 タウンニュース 横須賀版 掲載号:201951日号

東叶神社記念碑 国際貿易港として栄えた 浦賀は大航海時代の重要拠点 文化

0201951  江戸時代初期、浦賀港にガレオン船(スペイン商船)が寄港していた史実を伝  える石碑が先月25日、東浦賀の東叶神社、正面入口に完成し、除幕式が行われた。建碑の発起人である「浦賀湊を世界遺産にする会」の鈴木かほる代表は、「浦賀が国際貿易港として栄えたことを伝える意義ある一歩」と話した。
 同会では建碑を契機に、スペイン、メキシコ、フィリピンの3カ国が世界文化遺産登録を目指している大航海時代の貿易ルート「マニラ・ガレオン船の太平洋航路」のリストに、浦賀港を加えてもらうための活動を本格化させていく。徳川家康の命を受け、外交交渉を行った三浦按針が活躍した歴史を観光の資源として活用してもらうことも期待する。
 鈴木代表によれば、当時の浦賀に寄港したガレオン船は1年近く停泊し、日本と貿易を行ったという。フランシスコ会修道院も創設され、浦賀洲崎にはスペイン人を保護する高札が立てられた。按針屋敷もあったという。

◀東叶神社に立った石碑と鈴木代表

 

「神奈川新聞」講演会ー国際貿易港浦賀ー「家康と按針」於横須賀ベイサイドポケット

世界遺産登録を目指す 浦賀港の歴史を学ぶ 2月9日に横須賀で講演  神奈川新聞2019年0月20日付
Photo_1 横須賀市在住の歴史研究家が国際貿易港として栄えたとする浦賀港の歴史を紹介する講演会が2月9日、ヨコスカ・ベイサイド・ポケット(同市本町)で開かれる。世界文化遺産登録を目指す大航海時代の貿易ルートのリストに、同港を加えてもらうための取り組みを始めた地元住民が、その運動を盛り上げようと企画した。 
 講演会を主催するのは、地元住民でつくる市民団体「浦賀湊を世界文化遺産にする会」。スペイン、メキシコ、フィリピンの3カ国が登録を目指す「マニラ・ガレオン船の太平洋航路」のリストに、その中継地として栄えたとされる同港も入れてもらおうと昨年に発足し、活動している。
 太平洋航路は、スペインが大型帆船「ガレオン船」を使い、植民地だったフィリピン・マニラ−メキシコ・アカプルコ間で行った貿易ルートで、中国の絹織物やメキシコの銀などが運ばれた。
 講演会では、歴史研究家で団体の代表にも就いた鈴木かほるさん=同市桜が丘=が講師を務める。鈴木さんによると、同港は太平洋航路の中継地で、1604(慶長9)年から貿易が長崎、平戸の2港に限定された16(元和2)年までスペインの船が出入りしていたという。
 当日は、浦賀港を開いた徳川家康がスペインとの外交を望んだ理由や、家康の外交顧問として活躍した英国人ウィリアム・アダムズ(日本名・三浦按針)の果たした役割など、長年の研究結果について解説する。
 浦賀は幕末にペリー提督が来航した「開国の地」として知られているが、鈴木さんは「港を閉じた歴史と、港を開いた歴史。浦賀には貿易史で重要な二つのキーワードがある。地元でもあまり知られていない歴史に注目してほしい」と来場を呼び掛けている。
 講演会は午後2時からで定員は約300人。入場無料。

「タウンニュース」講演会「家康と按針」2019年2月9日 於横須賀ベイサイドポケット

タウンニュース  横須賀版 掲載号:2019215日号

「スペイン交渉に立った按針」  

講演した日本史研究家の鈴木かほる氏 浦賀湊を世界文化遺産にする会

 戦国末期から江戸初期、西洋列強が新航路開拓に血道を上げた大航海時代の貿易ルート「マニラ・ガレオン船の太平洋航路」。これの中継地点として浦賀湊が位置づけられていた史実を伝える講演会が今月9日、本町のヨコスカ・ベイサイドポケットで開かれた。浦賀湊を世界文化遺産にする会の主催。同航路が世界文化遺産候補になっていることから浦賀もリスト入りさせようと、地元住民が運動を展開している。
 この日は同会で代表を務める桜が丘在住の日本史研究家、鈴木かほる氏が、「徳川家康のスペイン外交」を主なテーマに講演。三浦按針が家康に外交顧問として迎え入れられたのはオランダ・イギリス貿易ではなく、対スペイン交渉のためとする新説を宣教師の書簡から導き出し、国際会議で論文発表したことなどを紹介した。
 同会では、浦賀港近くの東叶神社にガレオン船がつないだスペイン、マニラ(フィリピン)、アカプルコ(メキシコ)との交流を示す石碑を今春にも設置する。建碑を記念したシンポジウムを4月6日に開くことも報告した。

シンポジウム「家康と按針」ーマニラとアカプルコの間の浦賀ー基調講演 鈴木かほる

神奈川県横須賀市浦賀湊に、平成最後の「新名所」誕生!!

2018年4月より「浦賀湊を世界文化遺産にする会」のプロジェクトとして、国際貿易港浦賀の記念碑建立に向けて進めてきましたが、このたび多くの賛助金を頂き「日西墨比貿易港之碑」と題する碑を建立することになりました。除幕式は2019年4/25(木)10時より、東叶神社において行われます。  
 これに伴いまして、記念シンポジウム「家康と按針」を開催します。三浦按針を大河ドラマに!! 。お誘いあわせの上、お越しください。 

 Img217_2 建碑記念シンポジウム

  「家康と按針ーアカプルコとマニラの間の浦賀ー」 

   2019年4月6日(土)13時40分~16時30分 於横須賀ベイサイドポ ケット(京急汐入駅 前)         入 場無料 先着500名。

   鈴木かほる(基調講演)「マニラとアカプルコの間の浦賀」 

   岩淵聡文(コーデネーター)「多国間にまたがるユネスコ世界文化遺産」

   山田義裕「マニラ・ガレオン」

  1.   M. Perrin 「浦賀湊におけるスペイン駐留の物質的証拠」

「浦賀湊を世界文化遺産にする会」のサイト

 

Img213_2  大航海時代、家康が浦賀湊にスペイン船を招致したことにより、浦賀はマニラとアカプルコ(メキシコ)を結ぶ中継地となり、長崎・平戸と共に国際貿易港として世界にその名を轟かせていた。このガレオン船の航路が世界文化遺産の候補となっている。鈴木かほるが香港国際会議で研究発表したことがきっかけとなり、そこに浦賀もリスト入りさせようと立ち上げたのが「浦賀湊を世界文化遺産にする会」である。同会では、家康と三浦按針が果たした浦賀外交を理解して頂くため講演会を行います。

日程は下記のとおりです。※ポスターは京急全線の特急停車駅の上下線に掲示されます。

演題 浦賀湊を世界文化遺産に!「家康と浦賀そして三浦按針」

日時  20192/9() 開場 13時半 開演14時 終演16

会場  横須賀ベイサイドポケット 入場自由300名 

講師  鈴木かほる氏

主催:浦賀湊を世界文化遺産にする会 後援:横須賀市

 

 

 

 

 

 

 

 



国際貿易港浦賀を世界遺産に 石碑建立の賛助者募集

 

    浦賀をユネスコ世界文化遺産に

 

 国際貿易港浦賀の建碑に関する趣意書

 

 

建碑の主旨

 

スペイン、メキシコ、フィリピンの3か国により、マニラ・ガレオン船の太平洋航路がユネスコ世界文化遺産候補にノミネートされました。その中継貿易港であった浦賀をリストに載せ、世界文化遺産へと繋げていくためには、スペイン貿易における浦賀の位置づけを周知させることが肝要であります。その史実の証となる碑を建立し、確実に浦賀に定着させ、内外に発信していくことが必須条件であると考えます。

 

国際貿易浦賀の実態

 

徳川家康はスペインと交渉し、スペイン商船の浦賀湊への入港を交渉しました。そのためイギリス人三浦按針を外交顧問とし、江戸邸のほか逸見村と浦賀邸を与えたのです。浦賀にはフランシスコ会修道院が建てられ、スペイン商人を保護する高札も立てられました。

 

三浦按針が家康のために造船したブエナ・ベントゥーラ号は、フィリピン総督を乗せて浦賀を出航し、幕府船として初めて太平洋航路横断を果しました。伊達政宗の遣欧船も浦賀に入港しています。三浦按針の来日から13年後、イギリスとの通商は成立しましたが、その3年後、貿易港は長崎・平戸に限られ、三浦按針は平戸へ移住し、東国唯一の貿易港浦賀の生命は絶たれました(日本海事史学会・鈴木かほる記)

 

 

20189月吉日

 

 

建碑賛同人代表 岩淵聡文 東京海洋大学大学院教授 

 

イコモス国際水中文化遺産委員会日本代表

 

 

 

 

本会の主旨に賛同し、建碑費用(150万円)の一部を御寄付くださる方は、1115日までに下記の口座にお振込み下さるようお願い申し上げます。13000円とし、10口以上は刻銘させて頂きます。(問合せ先 宮井新一 046-841-0944)

 

 

振込先

 

ゆうちょ銀行 〇九八店(ゼロキュウハチ) 普通 口座 番号0700771

 

名義「浦賀湊を世界文化遺産にする会」宛

 

浦賀を世界遺産へ 石碑建立

「浦賀港」世界遺産目指し記念碑を建立へ

読売新聞 横須賀・横浜・川崎版 20180912日付 

        航海時代の貿易ルート中継地

 

スペイン、メキシコ、フィリピンが国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)に申請し、世界文化遺産候補となっている大航海時代の貿易ルート「マニラ・ガレオン船の太平洋航路」に、中継地として栄えた浦賀港(横須賀市)もリスト入りさせようと、地元住民が今月、「浦賀湊を世界文化遺産にする会」を設立した。記念の石碑を設置し、講演会やイベントも開催、国際貿易港だった浦賀港を内外にアピールする計画だ。

 

 同会のメンバーは、藤本美智子さん(74)(同市西浦賀)ら7人。藤本さんは今年2月、同市在住の歴史研究家鈴木かほるさんが、浦賀港を世界文化遺産にしようと国際会議で論文発表などをしていることを本紙記事で知り、その活動に共感。同級生の宮井新一さん(73)らを誘って同会を設立した。

 

 手始めに、同港近くの東叶神社に、スペインなど3か国との交流を示す「西墨比貿易之地碑」と刻んだ石碑を設置する。高さ1メートル89の御影石製で碑文は鈴木さんが考えた。11月末に披露する予定で、費用(150万円)の一部を寄付してくれる賛同者を募っている。

 

 藤本さんらは「江戸幕府のキリスト教に対する禁教令や鎖国政策により、わずか13年で歴史から消えた国際貿易港としての史実を内外に示し、世界文化遺産のリスト入りにつなげたい」と話している。同会への問い合わせは、宮井さん(046・841・0944)。

 

 

 

 

「浦賀湊を世界文化遺産にする会」

 横須賀エフエム放送版横須賀横須賀エフタウンニュース│神奈川県全域・東京多摩地域の地域情報紙エム放送版横横横横須賀販賀エフエ

「浦賀」世界遺産登録願い     2018/9/21 横須賀版

石碑設置で周知、寄付募る 江戸時代初期に国際貿易港として栄えた浦賀をユネスコ世界文化遺産候補のリストに加えようと、地元住民らが活動をスタートさせた。スペイン、メキシコ、フィリピンの3カ国による「マニラ・ガレオン船の太平洋航路」がユネスコ世界文化遺産候補になっていることから、同地の登録をめざす。往時、スペイン商船が浦賀湊を貿易ルートの中継地としており、史実の証となる碑を建立して、国内外にアピールしていく。建碑のための寄付を呼び掛けている宮井新一さん(左)と藤本美智子さん

       建碑のための寄付を呼び掛けている宮井新一さん(左)と藤本美智子さん

江戸初期の国際貿易港
 
 「浦賀をユネスコ世界文化遺産に!」を掲げ、国際貿易港だった史実を伝える建碑を計画しているのが「浦賀湊を世界文化遺産にする会」。学会で論文発表を行うなど、世界遺産登録をめざして独自に活動していた桜が丘在住の歴史研究家、鈴木かほるさんの姿に郷土史研究家の宮井新一さんらが共鳴。同会を立ち上げた。最初の取り組みとして、スペイン貿易における浦賀の位置づけを周知する石碑を建てる。予定地は浦賀湾近くの東叶神社境内。11月末に披露する予定で、150万円の費用は賛同者の寄付で賄う。

同会では、スペイン商船の浦賀湊への入港交渉にイギリス人の三浦按針が外交顧問として大きな役割を果たしていたことにも注目。浦賀にフランシスコ会修道院が存在し、スペイン商人を保護する高札が建てられ、国際色豊かな町であったことなども伝える。
 
 寄付は10月15日(月)まで受付。1口3千円で10口以上は刻銘される。詳細は宮井さん【電話】046・841・0944
 
【振込先】ゆうちょ銀行098 普通 口座 番号0700771 名義「浦賀湊を世界文化遺産にする会」

須賀版横須賀版2018年9月21日 金曜日 2018年9月21日 金曜日

歴史秘話ヒストリア 家康 大航海時代に出会う!イギリスの侍 按針の大冒険

  鈴木かほる著『徳川家康とスペイン外交ー三浦按針と向井将監ー』をもとに「徳川家康が按針を重用したのは、英蘭貿易のためではなく、スペイから新しい鉱山技術アマルガム法の鉱山技師を招聘するためである、という新説を取り入れ番組を作成したものです。主な内容は下記のとおりです(2018年4月18日本放送・歴史秘話ヒストリアのHPより)

家康が按針に与えた領地は現在の神奈川県横須賀市の逸見。今でも按針の暮らしぶりが語り継がれている。按針の屋敷は村の中心にある浄土寺の南側にあった。按針は日本人女性と結婚しジョセフとスザンナが生まれた。地元の人々にワインやパンの作り方を教えるなど、親しく触れ合った。逸見の人々は按針を慕っていたという。

 

按針が日本に来て4年、家康は按針をスペインとの貿易交渉に当たらせた。その頃スペイン船は九州までしか来なかった。家康は江戸近くまで呼び寄せようと考え、按針が浦賀にスペイン船を案内し、浦賀は毎年スペイン船が来航する国際貿易港になった。家康はスペインの総督に銀山で働く者を遣わして欲しいと頼んだ。新潟県の佐渡には家康が開発した金銀山があった。ところが家康の時代は佐渡は大量の木炭を使うために莫大な経費がかかっていた。

 

スペインが開発した銀山では鉛の代わりに水銀を使い、アマルガム法を取り入れていた。家康はスペイン総督に最新のアマルガム法を教えて欲しいとお願いしたが、スペインの宣教師は見返りに日本での布教と利益の半分をスペインの国王へ寄越せと交渉。家康はそれに承諾し、翌年スペインの使節が来日。家康と会見し家康に洋時計が贈られた。返書の翻訳を呼んだ家康は激怒。技術者のことは先送りにされ、沿岸の測量を要求され家康は承諾し按針は不審に思った。その思惑は当たっており、スペインは日本を植民地にしようとしていた。按針は家康に警告し、交渉の打ち切りをした。

香港における国際会議「家康と浦賀スペイン外交・三浦按針」

「第3回アジア太平洋地域水中文化遺産会議」が香港海事博物館において開催されました。

 平成29年1127日から12月1日まで「第3回アジア太平洋地域水中文化遺産会議」香港海事博物館において開催され、海の歴史と文化についての広範囲なトピックが議論された。この国際会議は世界ユネスコなどの後援を受けたアジア地域では最大級の学術大会である。

 このたび、学者たちの活動によりマニラー浦賀―アカプルコのガレオン船航路が世界ユネスコ遺産にノミネートのリストに載せられ、日本からは日本海事史学会の鈴木かほる氏(平成28年秋に瑞宝単光章受賞・横須賀市在住)が「マニラとアカプルコの間の浦賀」というテーマで参加している。日本の貿易港はイギリス・オランダの平戸、ポルトガルの長崎は知られているが、関東浦賀が国際貿易港として世界にその名を轟かせていたという歴史的事実は、周知されておらず、今でも教科書にも記述されず、したがって国際的にも浦賀を中心としたスペイン人宣教師のキリスト教施設の歴史的存在の視点は全く欠けている。

  今回の発表内容は、徳川家康がメキシコの画期的な金銀製錬技術を導入するため、スペイン領マニラのガレオン船を関東浦賀に招致し、そのため三浦按針(ウイリアム・アダムス)が顧問として重用されたことである。浦賀はガレオン船航路の中継点として日本を「鎖国」へと導いた重要な歴史であり、今回の発表により、浦賀が国際貿易港として世界に認知されることになる。

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2017年 安倍晋三総理が主催する桜を見る会に御招待

2017年4月15日 安倍首相が主催する桜を見る会に御招待されました。

招待された方は、皇族や各国の大使のほか、各省庁から推薦を受けた人たちとのこと。多くは国際、国内の活動で功績のあった人たちで、芸能人などは政府が推薦するという。全国から1万6千名がご招待され、私はその中の一人です。和歌山県からご参加された方がいらっしゃって、昨日、東京で1泊したそうです。

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会場には串団子・たい焼き、焼き鳥・チマキなどのブースが設けられ、お弁当・甘味などが配られました。9時に、安倍首相から「辛苦に耐えて5年…」というご挨拶があり、新宿御苑内を回り、ご挨拶されました。

会が開かれる午前8時半から10時半まで一般客の入場は禁止され、招待客がゆっくり散策すができました。

鈴木かほる氏の瑞宝単光章受章祝賀会

   於よこすか平安閣  2017年2月12日㈰ 12時30分開宴

       鈴木かほる氏瑞宝単光章受章祝賀会式次第

  司会 横須賀エフエム放送()パーソナリティ 石川 和美

   1 開会の辞 

      横須賀Cアカデミ代表 杉本 幸三

    2 発起人代表挨拶  

      横須賀民事調停協会会長  飯塚進一郎

    3 祝辞 

      横須賀簡易裁判所 裁判官   大森一壽郎

      衆議院議員                   小泉進次郎

      横須賀市長長                                                        吉田 雄人

      東京大学名誉教授 安達  裕之

      神奈川県議会議員                             牧島   功

   4 花束贈呈 

                                                 鈴木佑香・紀香   友人・一戸むつ子

   5 謝辞

   6 乾杯 

    横須賀民事調停協会副会長 (弁護士) 宮島  才一

   祝宴  

     祝電披露

   お祝いの言葉

     横須賀民事調停協会 勝木 雅治

     東京海洋大学大学院教授 岩淵 聡文

     元文化庁文化審議会専門委員 田邉   

     N H Kグローバルメディアサービス専門委員   和田  宏

  7 万歳三唱

     横須賀市社会福祉協議会副会長  鈴木 立也

  8 閉会の辞                      杉本 幸三

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                小泉進次郎氏の祝辞



 

2016年秋の叙勲に際し、鈴木かほる氏の受章祝賀会ご案内

 平成28年秋の叙勲に際し瑞宝単光章を受章し、11月9日伝達式と天皇拝謁、12月5日横須賀市長に表敬訪問をして参りましたhttp://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/0220/mayor/action/index.html よって、この度、懇親の皆様より下記の通り祝賀会を開催して頂くことになりました。

 

2

 

木かほる氏の瑞宝単光章受章祝賀会ご案内

 

謹啓新春の候 皆様には益々ご清栄の事とお喜び申し上げます さて このたび平成二十八年秋の叙勲に際し鈴木かほる氏におかれましては 永年に亘り民事調停委員として顕著な功績が認められ瑞宝単光章受章の栄誉に浴されました 誠に名誉なことであり ご本人並びにご家族はもとより 私たち関係者一同にとりましても同慶の至りに存じます 

就きましては 一同相図らいまして鈴木かほる氏の栄誉を慶祝するとともに 平素ご懇親の皆様方並びに関係者が一堂に会しまして 左記のとおり受章祝賀会を開催する運びとなりました ご多用                     中 誠に恐縮に存じますが 万障お繰り合わせの上ご臨席を賜りたくご案内申し上げます

                                   謹 白

平成二十九年一月吉日 

 

           記

 

一 日時 平成二十九年二月十二日() 受付十二時

開宴十二時三〇分

一 場所 よこすか平安閣 六階 セレーネの間(着席)

一 会費 壱 万 円・当日受付させて頂きます

 

発起人代表 飯塚進一郎 横須賀民事調停協会会長

  発起人  吉田 雄人  横須賀市長 

  発起人  安達 裕之  東京大学名誉教授

  発起人  小和田哲男 静岡大学名誉教授

発起人  岩淵 聡文  東京海洋大学大学院教授

  発起人  和田  宏   NHKグローバルメディアサービス専門委員

  発起人  上杉 孝良  前横須賀市文化財専門審議会委員長

  発起人  鈴木 立也 横須賀市社会福祉協議会副会長

  発起人  杉本 幸三 横須賀Cアカデミー代表

 

※平服にてご来臨の程 お願い申し上げます 

 なお当日は 受章者の著書を進呈させて頂きますので 同封のはがきに ご希望の著書名に○印を付けて返信下さるよう お願い申し上げます

 

江戸東京博物館友の会 会報94号 平成28年11

江戸東京博物館友の会会報『えど友』平成2811月 第94

 

168回 江戸東京博物館友の会セミナー(平成28年⒐月10

 

 演題「徳川水軍と向井将監」

 

講師 鈴木かほるさん(三浦一族研究会特別研究員)

 

向井氏について

 向井水軍というより向井将監といったほうが通りがいいでしょう。向井氏は伊勢から東国へ移住した海上軍事官僚であり、徳川幕府滅亡まで船手頭の筆頭の地位を保持しました。向井氏は源順義の流れをくむ仁木義長四子長宗が、伊賀国向庄を給され「向」を称したことが始まりとされます。向庄は伊勢国と伊賀国の国境に位置し、太閤検地で伊勢国に編入されるまでは、伊賀国と認識されていました。

「向井」と書かれたのは、正重の子政綱に宛てた武田勝頼朱印状に「向井兵庫助」とあるのが初見です。正重のとき伊勢から駿河へ移住し、今川氏や武田氏に仕えました。徳川家康に仕えたのは政綱からで、将監を号したのはその子忠勝です。以後、将監は向井宗家の称号として幕府滅亡まで世襲されます。 

 

船手頭の創設と御預け体制へ

 

 中世の水軍はほぼ「海賊衆」と呼ばれましたが、秀吉が天下統一する過程において「船手」の呼称が踏襲され、全国化していったようです。中世の軍制は、大名直轄の「寄親(有力武士)と、寄親に附属する「寄子」(与力・同心)という主従関係で成り立っていました。家康は、この寄親・寄子を大名から切り離し、徳川政権の新しい職制「御預け体制」の中に、「船手頭」と「船手組」(与力・同心)を組み込み、徳川氏の軍船と船手組を船手頭に預け、指揮する権限のみを与えたのです。つまり、船手頭は、軍船を所有しなくても、寄子を抱えなくても、海上活動が可能となったのです。

 

国際貿易を意識した城下町と海運の整備

 

 家康の関東移封が発表されたのは天正18(1590) 713日ですが、その10日前、家康は江戸の下検分を済ませています。小田原攻めの先陣を務める代わりに、源氏所縁の地・関東を所望したようです。松平から徳川へ、さらに源氏へ改称したのも、天下統一を見据える彼にとって、源氏の血統であることが必須条件であると考えていたからです。

八月朔日に「江戸御打入り」したのは、豊作を祝う「八朔祝賀」の日を意識したからです。これは領民支配を根本とする家康の「農根思想」、つまり農民を味方にする方策を反映したものです。 

家康の江戸開発は、海外貿易を視野に入れた城下町の建設と、港湾体制の整備でした。当時の江戸はいかにも粗相でしたが、だからこそ、思いのままの町造りや大改造が可能なのです。譜代家臣に土木工事をさせ、京都から茶屋四郎次郎らの政商を呼び寄せ、町割に関与させ、武士では成し得ない町造りをさせました。

そして、城下を輪番で警護させるため、旗本屋敷は一泊で通勤できる範囲に置き、特に船手衆の役宅は海上からの襲撃に備えるため、城下の河口附近へ置かれました。船手衆の本拠地は、江戸内海の入り口にあたる三浦郡三崎には四人衆を、上総富津には三人衆を置いて警護させました。この船手七人衆に対し、陸上の民政支配を掌る行政官が伊奈忠次や大久保長安ら四人の代官頭です。

家康が江戸を本拠としたのは、鎌倉にも小田原にもない、天然の良港浦賀があったからだと思います。家康は秀吉が逝去すると、百日忌も経ぬうち、潜伏していたスペイン人宣教師を招き、スペイン商船を浦賀へ寄港させるよう交渉しています。目的は、太平洋の荒波に絶える大型帆船の造船技師と、画期的な金銀製錬の新技術を導入することにありました。徳川政権を全国に展開していくためには、とりわけ金銀の増産が必須であります。浦賀湊にスペイン船を寄港させ、長崎・平戸に並ぶ東国一の国際貿易港とする構想があったと考えます。江戸内海に徳川水軍を置いたのも、スペイン貿易のためでもあったのです。

 

向井将監と三浦按針

 

 浦賀貿易の統括者としてスペイン貿易に関わっていたのは、向井政綱・忠勝親子です。三浦按針はその通訳として行動を共にすることが多々ありました。家康が按針を重用したのは、英蘭貿易ではなくスペイン貿易のためであり、そのため江戸邸のほか、逸見の采地と浦賀邸が与えられたのです。でなければ、ヤン・ヨーステンのように江戸邸のみを与えれば良いはずです。

スペインのようなカトリック教国は、商売と布教が一体化した理念を持つ国ですから、家康は通商をしたいがために布教を黙認し、江戸には天主堂を、浦賀には修道院の建立を許可しましたが、信者の増加を危惧して禁教令を発布し、さらに貿易港を長崎・平戸のみに制限しました。こうして、目的が達せられないまま、わずか10数年で終焉を迎えましたが、浦賀は国際貿易港として賑わい、欧州にその名を轟かせていたのです。

 

レポーターからひとこと

 ペリ-が来たことぐらいしか知りませんでしたが、浦賀の秘めた歴史を知る事が出来ました。 

 参加者000

 【記録】文:広報部会・光田憲雄

 写真:同・菊池真一

 

日本海事史学会 例会 報告

日本海事史学会 例会のご案内

時下、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

さて、今度、講師に 鈴木かほる氏 をお迎えして、下記の如く例会を開催したしますので、ふるってご参加ください。開場は午後2時です。

                    記

  演題: 三浦氏滅亡に関する定説への疑問ー摂関九条家と三浦義村

  講師 鈴木かほる氏 (会員) 

  日時 2016年11月23日 午後2時~4時  

場所 東京大学教養学部 駒場ファカルティハウス セミナー室(京王井の頭線 駒場東大前駅下車、場所は、正門の警備員にお聞き下さい)

 終了後、駒場の「英香」(☎03-3467-8221)で、懇親会を行いますのでご参加ください。

〒187-0021  東京都小平市上水南町4-9-14 安達気付 日本海事史学会 ☎042-327-9676

日本海事史学会 例会の御案内

 
          日本海事史学会例会 ご案内  
 拝啓 時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、今度、講師に 鈴木かほる氏 をお迎えして、下記のごとく例会を開催いたしますので、ふるってご参加下さい。開場は午後2時です。
            記
演題::三浦氏滅亡に関する定説への疑問ー摂関九条家と三浦義村
講師::鈴木かほる氏 (会員)
日時::2016年11月12日  午後2時10分~4時
場所::東京大学教養学部 駒場ファカルティハウスセミナー室(京王井の頭線 駒場東大前駅下車、場所は正門の警備員にお聞きください)
終了後、駒場の「英香」(℡03-3467-8221)で懇親会を行いますので、ご参加ください。
゜例会の開催予定は下記の通りです。
   12月17日 (土 14時00~16時00)
   1 月21日 (土 14時00~16時00)
   3 月11日 (土 14時00~16時00)
〒187-0021 東京都小平市上水南町4-9-14 安達気付 日本海事史学会 ℡042-327-9676
 

江戸東京博物館友の会セミナー  「徳川水軍と向井将監」 

江戸東京博物館友の会セミナー  第168回 「徳川水軍と向井将監」 

130-0015  東京都墨田区横網1-4-1 事務局 TEL 03-3626-9910

                                 
 

【企画担当責任者】国定美津子(事業部会)

 
 

講  師

 
 

  鈴木 かほるさん(歴史研究家)

 
 

開催日時

 
 

 9月10日(土)14時~1530

 
 

 申込締切

 
 

 9月1日(木)必着

 
 

 会  場

 
 

 江戸東京博物館・1階ホール

 
 

 定  員

 
 

200人 同伴者可(はがきに氏名連記)

 
 

 参加費

 
 

 会員500円・同伴者600円(当日払い)

 
 

 講演要旨

 
 

◆徳川家康が関八州に封じられ、この広大な東国の大地を背負った時、何を心に描き、水都江戸の開発に挑んだのでしょうか。それは、おそらく天下統一を視野に入れた城下町の建設であり、城下に家臣団と町人を雑居させ、江戸内海を海運交通の本拠地として、徳川水軍に警護させることでした。そのために徳川家康は、近世的ともいえる大改革に踏み切っています。さて、それは?…。400年前の江戸に思いを馳せて、お話いただきます。

 
 

 講師略歴

 
 

 神奈川県在住。国学院大学文学部史学科卒。中世史専攻。元NHK文化センター講師。テレビ・ラジオに出演。三浦一族研究会特別研究員。日本海事史学会などに所属。著書、『史料が語る向井水軍とその周辺史』等向井関連他、『徳川家康のスペイン外交』、『相模三浦一族とその周辺史』。

 

日本城郭史学会 「城郭だより」87号

日本城郭史学会  「城郭だより」 87号   

最近の注目されるー城郭関係図書から

     鈴木かほる著<史料が語る>『向井水軍とその周辺』

 この度、戦国期から徳期にかけた活躍した向井水軍に関する本格的調査研究を、平易にまとめあげた本書が出版された。
 昭和45年秋「『江戸図屏風』「(現国立歴史民俗博物館蔵)が見つかり、翌年春にその全容が明らかになり、多くの関連研究者は大きな驚きをもってこの絵画史料に見入った。江戸城家光造營の天守や諸建築、大名屋敷街の様子など実に細やかに如実に描かれる。その光景の中で目が引かれたのは日本橋のすぐ東側、日本橋川と楓川の分岐点に占拠する「向井将監邸」であった。
 なんと多門長屋が川に面して囲み、日本橋川に二基の二重櫓が上がり、中間に船着き場がある。邸宅内の庭園には望楼まで描かれている。この屋敷の主である向井将監とは、徳川幕府船手頭の向井忠勝で、徳川水軍の海賊衆筆頭である。 向井氏は伊勢国の水軍であったが、武田水軍の駿河侵出からは武田水軍を率い、武田氏滅亡後は徳川水軍の海賊衆を束ねた。 伊勢水軍が駿河へ、さらに東国を代表する海賊衆に成長するのは、伊勢神宮領の御厨が全国に広がり、伊勢湾の対岸の常滑焼大窯需要が中世日本全体に及んでいたことに関連する。九鬼水軍も同様である。
 本書ではまず戦国期の今川・武田・徳川の麾下での向井氏が果たした役割を述べ、後北条水軍の梶原景宗との関係、小田原合戦など興味尽きない点を詳しく触れる。徳川家康の江戸入国にあたり、三崎海賊衆を掌握。長谷川長綱との関係、文禄慶長の朝鮮への船手衆について述べる。徳川政権樹立直後では三浦按針との出会い、間宮造酒丞、千賀氏との関係、木更津と神奈川湊について述べる。さらに安宅船と向井水軍の関わり、向井忠勝と江戸城普請の役割などを述べる。またあまり知られていない「スペイン貿易と浦賀湊」の関係にも触れる。
 鎖国体制期の向井水軍では、鎖国による水軍の変質、大坂湊と向井氏などを述べ、豪商角屋七郎次郎と向井政綱についても述べる。是非とも、多くの歴史ファンに一読をお奨めする好著である。(新潮社図書編集室刊、価2900円 税別・送料別)

 
 

三浦一族研究会HP

三浦一族の歴史 

 三浦氏の祖は『寛政重修諸家譜』によると、平為通が三浦郡衣笠城を築き、初めて三浦姓を称したとしていますが、『源平闘諍録』『千学集抜萃』『常陸大掾伝記』では、すでに為通の伯父平忠光が三浦郡に住み三浦姓を名乗ったと書かれています。 三浦一族は初代衣笠城主を家祖としたようです。

 三浦一族は、三浦半島のみを支配していたかというと決してそうではありません。その支配地は対岸の房総はもちろんのこと、陸奥糠部(ぬかのぶ ※青森県から岩手県にかけての地域)から南は九州筑前(※福岡県の一部)にまで広がっていました。三浦姓が全国に現存するのはそのためです。

 三浦為通の子為俊は、白河院より直奏(じきそう※取次を経ずに直接天皇に申し上げること)を許された「切れ者」で、院が初めて置いた北面(ほくめん)武士に抜擢され、勅命により藤原章俊の猶子(ゆうし※親子関係を結ぶこと)となりました。為俊の「俊」の一字は養父章俊が与えた一字と思われます。為俊は検非違使尉(けびいしのじょう)、河内守、下総介、駿河守を歴任するなど、平忠盛(清盛の父)と肩を並べる存在でありました。為俊は北面武士であった歌僧西行の叔父佐藤公俊(きんとし)を養子に迎えています。源頼朝挙兵の際、三浦大介(おおすけ)義明が迷わずこれに応じたのは、頼朝の父義朝が娘婿であったからに他なりません。義明は平治の乱で義朝・義平父子を失い、以来、関東御後見は大庭景親に命ぜられ、義明が源氏より与えられた相模介職(すけしき)は有名無実でした。このため、三浦氏にとって源氏再興は宿願であったのです。

 義村(義明の孫)の娘(矢部禅尼)は、北条泰時に嫁し嫡子時氏を生みました。この時氏の子息が、のちに執権となる経時、時頼です。義村は先祖為俊が任官した例により受領(ずりょう)駿河守に推挙され、子泰村は若狭守・河内守護、光村は検非違使尉・河内守・壱岐守・能登守に任官し、一族は守護職数か国、庄園数万町をつかさどるところとなりました。京側の史料から垣間みえることは、義村は、承久の乱の戦後の処理と宮中の守護を命ぜられ、後堀川天皇を践祚(せんそ)させたり、後鳥羽院領の返給条件の伝達など幕府の朝廷政策の根源に触れる問題を委ねられていたことです。将軍頼経の二人の花嫁も関白藤原道家と義村の合意により決定したようです。執権義時亡き後は、関白の地位を左右するほどの影響力を持ち、北条氏に次ぐ権門であったと思います。

 三浦一族が、その陰りを見せ始めたのは義村の頓死です。子泰村が娶った執権北条泰時の娘と妹が相次いで死去し、泰村の烏帽子親(えぼしおや)であった泰時が没し執権家との絆が絶たれ、さらに宮騒動により最大の弁護者・前将軍頼経が帰洛させられました。執権時頼の外戚となった安達氏は、これを好機とみて戦いを仕掛け宝治元年(1247)、三浦氏宗家は滅亡しました。

 このとき泰村の異母姉矢部禅尼の子光盛、盛時、時連らが、母の旧好により北条氏について生き残り、盛時が宗家の三浦介を継ぎました。この盛時の子孫が三浦郡新井城主義同(よしあつ)であり、光盛の流れが三浦郡葦名を本拠とする会津の戦国大名葦名氏であり、時連の孫貞宗が三浦郡横須賀郷を本拠に持つ美作(岡山県)の初代高田城主であります。特に下野守貞宗は足利尊氏の命により京都天竜寺の造営奉行として開山夢窓疎石と関わり、貞宗の甥貞連は横須賀郷に泊船庵を建て、夢窓疎石を招いています。このような高僧を外護した三浦一族の財力と教養をうかがい知ることができます。

 ちなみに三浦義同の子孫である養珠院お万は、徳川家康の側室となって紀伊・水戸の両藩祖頼宣・頼房を生みました。つまり徳川光圀はお万の愛孫です。徳川将軍は八代吉宗以降、お万の子孫である紀伊・水戸の両藩主によって占められています (文責・鈴木かほる) 。 http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/0130/culture_info/miura_ichizoku/history.html

産経新聞 『古事記』『日本書紀』倭建命・弟橘比売命の話

「産経新聞」 平成28年6月14日 (火)

 第6部 吾嬬(あづま)の国<1>  ヤマトタケルノのまほろば

  暴 風 を 鎮 め た 妻 の 献 身

 <其より入り幸でまし、走水の海を渡る時に>
 焼遺の火攻めの謀略を返り討ちにした倭建命は、さらに東に進んだ、と古事記は記す。走水の海とは、相模国の三浦半島から上総国房総半島への海、現在の東京湾浦賀水道である。
 このルートは宝亀2(771)年、武蔵国が東山道から東海道に編入され、相模国が武蔵国と直結する以前の駅路(古東海道)。古代の人々は、湿地帯が広がる東海道沿岸を避けて海路を通ったのである。12代景行天皇の御子であるヤマトタケルノミコトも当然のように、この海路通った。最短距離7キロ程度かし、潮の流れが厳しい難所である。
 <其の渡の神、波を興し、船を廻し、進み渡らず>
古事記は、海を渡ろうとしたヤマトタケルノミコトの苦難をそう書く。日本書紀はそれほどの苦難を予想しなかったヤマトタケルノミコトの油断むにまで筆を走らす。
 <是小海のみ。立跳にも渡りつべし」とのたまふ。乃ち海中に至り、暴風忽に起り、玉船漂蕩ひて渡るべくもあらず>
 飛び越えてでも渡れるほど小さい海だと侮ったヤマトタケルノミコトを突然、暴風が襲ったのである。
  
 「暴風の記述の背景には、三浦半島の勢力が大和政権に抵抗し、敗北したことがある」
 神奈川県藤沢市郷土歴史課の新井秀規学芸員はそう話す。大和政権の相模国進出は2段階とされる。3世紀末から4世紀前半、上下関係を固定しないゆるやかな同盟関係を結び、4世紀後半から従属を迫る進出があった。その際の戦いで、制覇権を握っていた地元勢力が「渡の神」のモチーフで゛はないか、という指摘である。
 同県逗子市、葉山町境で出土した長江桜山古墳群は4世紀代の築造。畿内式の前方後円墳2基で、いずれも県内最大級の全長90メートル前後あり、三浦半島の権力者を埋葬したとみられる。
 「この地方では4世紀中ごろ、急に大規模な前方後円墳が登場しました。抵抗する勢力が機内式を採用できたことは考えにくい」
 かながわ考古学財団の柏木善治調査研究部長はそう話し、同古墳築造の時代には三浦半島は大和政権に服属していたと推測する。
  
 <妾、お子に易はりて海に入らむ>
 暴風に翻弄される船で、ヤマトタケルノミコトにそう言ったのは后、弟橘比売命だったと古事記に書く。オトタチバナヒメガ身を投じると、荒立つ波が収まった。
 同市横須賀市走水神社は、ヤマトタケルノミコトと共に弟橘媛を祭る。ヤマトタケルノミコトが臨時の御所を設け、軍旗を立てたと伝わる岬は御所ケ崎とも旗山崎とも呼ばれる。その沖合にはオトタチバナヒメが侍女と一緒に身を投じたと伝わる「むぐりの鼻」がある。
 「偉業の陰の妻の献身は、女性なしで歴史は語れないしことを示しています」
同市在住の歴史研究家、鈴木かほる氏はそう話す。

NHK総合ファミリーヒストリー 

ファミリーヒストリー/樹木希林〜女が土台 受け継がれる覚悟〜
英国人・三浦按針は本当に先祖なのか?

希林さんの父親・辰治の旧姓は三浦。その三浦家を探る。三浦家は代々、東京・足立区で青果問屋を営んできた。青果問屋の名前は葛西屋といった。希林さんのはとこである中嶋喜文さんは、「三浦按針は白人で、中嶋の家系はみんな色が白く背も高い」などと話した。ウィリアム・アダムスは徳川家康から現在の三浦半島の領地をもらい、それ以来三浦按針を名乗った。歴史研究家の鈴木かほるさんは、「三浦按針は子どもが男女一人ずついる。その長子が二代目の三浦按針を継いでいるが、二代目の三浦按針は子が無くて家が途絶えたとされている」などと話した。(2016年6月9日放送)  

datazoo.jp/tv/ファミリーヒストリー/より

FMブルー湘南 78.5MHZ 番組 「地域の歴史や文化」

 「はまかぜ」 2016年3月4日号(金) 

FMブルー湘南 78.5MHZ 番組 「地域の歴史や文化」

毎週火曜日 午後1時~1時30分

  三浦半島の史跡・文化・人物を紹介するFMブルー湘南の教養番組。昨年5月にスタート。横須賀市在住の歴史研究家 鈴木かほるさんが、著書『史料が語る向井水軍とその周辺』を自ら、解説します。聞き手は当社の富岡社長。
 「向井忠勝」は三浦半島を中心に活躍した江戸幕府船手頭の筆頭となり、将軍徳川秀忠の寵愛を受け、将監の称号と知行を与えられました。以後、「将監」の称とともに幕末まで続く、向井水軍の歴史を辿ります。

向井水軍まつり  講演会演題「持舟城と向正重」

歴史講演会  ~郷土の歴史を知る~ 静岡市用宗活性化協議会主催

演題「持舟城と向正重」

講 師  歴史家 鈴木かほる氏

日 程  平成28年3月27日(日)

開 場  1230 開演:13:0015:00

会 場  用宗公民館(静岡市駿河区用宗4-1-6

参加費  無料 どなたでも

申込先  用宗町内会事務所 ℡・fax 054-259-2144

 

<内容> 戦国期の今川氏、武田氏の時代に持舟城で活躍した「向正重と向井水軍」について、『史料が語る 向井水軍とその周辺』の著者鈴木かほる氏から詳しく、お話しを伺います。

鎌倉遺文研究会

次回例会案内 次回例会を下記の通り開催いたしますので、万障お繰り 合わせの上、ご参会の程、お願い申し上げます。

次回例会案内

次回例会を下記の通り開催いたしますので、万障お繰り
合わせの上、ご参会の程、お願い申し上げます。

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   鎌倉遺文研究会第216回例会の御案内

日時:2015年12月17日(木)18:00
場所:早稲田大学39号館6階第7会議室
報告者:鈴木かほる氏
題目:宮騒動の通説を見直す
        -宝治合戦・建長・弘長騒動まで-

    [報告者の一言]
 宮騒動は北条経時の卒去を機に、藤原頼経に心を寄せていた
名越光時が執権の座をねらった事件で「名越氏の政変」とも呼
ばれ、宝治合戦・建長騒動へと連関していった結果、摂家将軍
が追放され、北条時頼による得宗専制政治が確立し、宮将軍宗
尊親王の誕生へと繋がっていったとするのが通説的理解である。
 つまり先学では「宮」は宗尊親王とされ、宮騒動は名越氏の
政変と同じ事件として捉えられている。
しかし、この二つの事件は直結しているが別物である。また名
越氏が本当に執権職をねらったものであったのかも疑問である。
そこで、本報告では、未考証史料を加えながら「宮」の由来を
検証することにより、西園寺家や藤原道家・頼経父子と名越氏
・三浦氏の関係や動向を読み直し、一連の騒動の本質を追究し
てみたい。
*****************************************************

《事務局》〒162-8644
        東京都新宿区戸山1-24-1
        早稲田大学文学学術院海老澤研究室気付
        鎌倉遺文研究会
        〈e-mail〉ibun-ken-admin@list.waseda.jp

        ※入会希望の方は上記の事務局までハガキまたは
        メールにてお知らせ下さい。会費は3000円(ハガキに
        て例会通知を受け取りたい方は3500円)です。振り込
        み口座(貯金事務センター)は下記の通りです。
          〈00140-5-14681 加入者名:鎌倉遺文研究会〉

           《お問い合わせ》海老澤衷
                    〈e-mail〉ebisawa@waseda.jp

『史料が語る向井水軍(将監)とその周辺』新潮社

『史料が語る向井水軍とその周辺』新潮社刊は、向井水軍を中心に、その出自から向井将監の称が消滅するまでの周辺の動向を、新出史料や未考証史料の紹介を兼ね、研究書としての体裁を保ちつつ一般向けに著述したものである。徳川水軍向井氏の本拠地・三浦半島に居を構える筆者にとって、向井水軍を纏めることは積年の課題であり、ご子孫の向井辰郎氏より『清和源氏向系図』および若干の古文書を託されたときから、きちんと史料を整理し世に発表する責務があると考えていた。しかし、手持ち史料だけでは情報不足で新たな史料を発掘せねばならず、着手してから刊行するまで四年の歳月を費やしてしまった。

本文に原本や漢文を挿入したので少々読みにくいが、新事実の情報を伝えるには、どうしても根本史料となる原本や漢文の掲載は不可欠であり、ついつい煩雑になってしまった。漢文は崩すと価値を失うので、そのまま掲載し、読み下しを付し解説し、読み易い内容に心掛けたつもりである。 

本書の執筆中、向井氏関係史料は、名古屋大学・早稲田大学・東大史料編纂所などに未考証の「角屋文書」があり、多数存在したことに気付かされた。向井氏研究の遅れた要因は、けっして史料が極少であることに由来するのではなく、研究の目が向けられなかったからだと、改めて覚える結果となり、筆者自身も多くの新知見を得ることができた。筆者の浅学と調査不足は多々あるが、ともあれ刊行することにより、ご批判を頂く機会を得ることができ、ひとまず責任を果たすことができたと思う。

 筆者は、これまで誰も書かない未研究の部分、いわゆる処女史に焦点をあて、新たな一頁を日本全体史に加えることを目的とし、これまで『相模三浦一族とその周辺史―その発祥から江戸期まで』『史料が語る坂本龍馬の妻お龍』『徳川家康のスペイン外交―向井将監と三浦按針』などを上梓してきた。筆者のような在野の者が未開拓の分野に挑戦し、ゼロからスタートすることは厳しいものがあったというのが、実は本音である。処女史を手がけるのは本書を最後とし、今後は、読み易い歴史書を柔らかいタッチで執筆していきたいと思う。

本書の執筆中、国史学会・日本海事史学会・戦国史研究会・洋学史学会の例会発表の時機を頂き、諸先輩方のご教示を仰ぐ機会を頂戴し、本書に反映できたことは幸運でした。また柴辻俊六氏や宮城睦氏よりご教示を頂き、とりわけ小川雄氏には多大なご尽力・ご教示を頂いたことに感謝を申し上げます。 

筆者の力不足により、史料を十分に生かせなかったことが多々あり、反省もあるが、向井水軍の研究は、ひとまず擱筆することとする。末筆ながら、上梓にあたり新潮社の柳山 努氏をはじめ、関係者の方々のご尽力に感謝を申し上げます。

なお本書の初校中、黒田日出男氏より、向井将監に関する書籍を角川選書より九月に刊行される旨をお聞きし、同時に向井将監のことを執筆していたという偶然さに、お互いにびっくりしてしまいました。広い分野からの向井氏研究がなされていくことに大変嬉しく思いました(著者「あとがき」より)。

かねさは歴史の会・講演会

かねさは歴史の会 歴史講座

講師 鈴木 かほる 

 

1.日 時:2015年11月9日(月) 12:30~14:30(途中10分間休憩)

2.会 場:ビーコンヒル能見台マンション コミュニティーセンター

        京急能見台駅下車 徒歩約10分

3.演 題:宮騒動の真相ー名越氏と三浦氏

洋学史研究会7月例会

     洋学史研究会 七月例会(第266回)ご案内

日付 平成27年7月4日 (土曜日)

会場 青山学院大学青山キャンバス 総研ビル 9階 16会議室

開場 13時 (研究発表は13時30分より)

※会員以外の方は、受付で会場費500円をお支払いください。

「研究発表」

高橋 勇市氏   「清水卯三郎の語学力」

鈴木かほる氏  「幕末の向井将監の動向」 

★コメント★

高橋氏 : 卯三郎は万延元年(1860)に、「ゑんぎり志ことば」を自費出版している。この名作を中心に、彼のオランダ語や英語に向けられた造詣がいかほどのものであったか考えてみたい。

鈴木氏 : 異国船の渡来する中、幕府は向井将監に対し船手の調練を命じ、蝦夷地経営のため向井将監預りの政徳丸を厚岸に急派した。ペリー来航後は幕府船手役が廃止され、230余年の直轄軍としての歴史を閉じた。その後は?。   

講演 扇谷上杉氏と三浦時高

講演会 演題 「扇谷上杉氏と三浦新井城主・三浦時高」

主催 三浦市年金者連盟

日時 平成27年5月29日 11時から12時

場所 三浦市市民センター 2階

講師 三浦一族研究会特別研究員 鈴木かほる氏

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読売新聞 サイマルラジオFMブルー湘南 新番組 向井水軍

http://www.yokosukafm.com/timetable/

2015年4月30日付 「読売新聞」

向井水軍テーマ 地域FMが番組

 横須賀市内のコミュニティ放送局「FMブルー湘南」は5月5日から、新番組「史料が語る 向井水軍のその周辺」を放送する。毎週火曜日午後1時からの30分番組で、1年間続く。同市在住の歴史研究家・鈴木かほるさんが、三浦半島を舞台に水軍の活躍やその動向などを解説する。
 鈴木さんは昨年、江戸幕府から三浦半島に知行を与えられ、船手頭と将監の称号を世襲した向井氏に焦点を当てた新番組と同名の単行本(新潮社)を出版。番組はこの本に沿って進み、伊勢に発祥した戦国時代から将監の称号が消滅する明治維新までを語る。
 鈴木さんは「99項目の本の内容を毎回2項目づつ話したい」とコメントしている。

読売新聞より 「史料が語る向井水軍とその周辺」

「読売新聞」2014年8月付  三浦半島ゆかりの向井水軍 研究書出版

 横須賀市在住の歴史研究家・鈴木かほるさんが、江戸幕府から三浦半島に知行を与えられ、船手頭と将監の称号を世襲した向井氏に焦点を当てた単行本『史料が語る向井水軍とその周辺』(新潮社)を出版した。
 向井水軍は戦国時代に伊勢に発祥し、武田氏を経て徳川氏に帰属した。向井政綱の長男・忠勝は2代将軍秀忠の信任が厚く、九鬼守隆とともに水軍を率いて大坂冬の陣、夏の陣で功をあげ、子孫が船手頭の地位と将監の称号を得た。
 鈴木さんは、横須賀市が事務局を務める三浦一族研究会の特別研究員。約20年前、向井氏の子孫から史料を託され、三浦半島に根を下ろした水軍に興味を持った。名古屋大学や早稲田大学、東京大学史料編纂所にも足を運び、発祥の戦国時代から将監の称号が消滅する明治維新までを14章にまとめた。
 鈴木さんは「向井水軍の実態を解き明かすことができた」と話している。
 四六版、348㌻。税抜き2900円。

三浦一族研究会の講座 (横須賀市広報)

2014年12月号 「広報よこすか」

三浦一族講座

とき  ①2月12日(木) ②2月26日(木) 14時~15時30分(全2回)
ところ ヴェルクよこすか6階ホール

 鎌倉幕府成立に貢献した三浦一族の時代背景を幅広く学ぶ講座です。
①大蔵合戦と源義平=三浦義明の孫・源義平が、祖父・義賢による武蔵国進出を阻止し、大蔵館を襲撃した合戦(保元の乱の前哨戦ともされる)について学ぶ。

②衣笠城と新井城の縄張(城の設計プラン)から考える。
▶講師=①三浦一族研究会特別研究員・鈴木かほるさん
    ②中世城郭史研究会会長・八巻孝夫さん

▶定員=抽選180人 ▶費用=1000円 ▶締切り日1月7日(水)
▶申し込み方法=必要項目を往復はがき(1枚につき一人まで)。文化振興課☎(822)9478へ。

サイマルラジオFMブルー湘南

FMブルー湘南 5日から新シリーズ 「神奈川新聞」2015年5月5日

向井水軍の活躍紹介

 三浦半島のコミュニティ放送「FMブルー湘南」(78.5メガフェルツ)が、教養番組の新シリーズ「史料が語る 向井水軍とその周辺」を5日からスタートする。
 地域の歴史や文化を紹介する教養番組で、開局以来続けている長寿プログラム。これまで郷土史研究家をはじめ、市立自然・人文博物館館長や文芸委員らもゲスト出演している。
 新シリーズでは歴史研究家の鈴木かほるさんが自らの著書に沿って解説する。江戸時代に三浦半島を本拠とした江戸幕府の御船手、向井水軍とその一族の変転をたどり、その活躍や動向を独自の着目点で分かりやすく紹介する。
 三浦半島を中心に江戸湾警備を任された向井忠勝(将監)は、大坂の陣で徳川家康の家臣として豊臣軍勢と戦い、大坂湾の制覇権を支配するなど活躍。さらに伊達政宗の南蛮船建造に三浦按針とともに力を貸し、浦賀で行ったスペイン貿易で重要な役割を担った。
 同局は「向井忠勝の活躍は三浦半島を地盤には始まり、将監まで上り詰めた。子どもたちにも三浦半島ゆかりの歴史人物をもっと知ってほしい」と期待している。
 全50回を予定しており、毎週火曜日の午後1時から30分間放送する。(織田匠)



『徳川家康のスペイン外交』向井将監と三浦按針』

「ありエルブログ」より

『徳川家康のスペイン外交』向井将監と三浦按針 鈴木かほる

★★★☆☆

 前掲の『さむらいウィリアム』と並行して読めば、三浦按針に対する理解がより深まる。
『さむらいウィリアム』は日本や家康の当時の情勢よりも、日本でのウィリアムの立ち位置と東インド会社の社員たちの活動に力点が置かれている。この本ではタイトルにあるように「スペインとの交易・外交」に焦点が絞られている。家康は「浦賀でのスペインとの交易」のために三浦按針を重用したと著者は主張し、按針を通したスペイン他との交渉に徳川の船奉行向井氏らの動向を交えて家康が如何に「浦賀」「スペイン」を重視していかを何度も繰り返し述べている。
資料が少ないせいか、徳川家康が諸外国とどのような交渉を行っていたかについて、総合的に取り扱った本をまだ目にしたことがない。家康は朱印船貿易も行っている上にヨーロッパとの交渉も度々していて、範囲がかなり広くなってしまうのもあるからだろう。
そんな家康の外交を、スペインと浦賀に特化した本として面白く読んだ。三浦按針が家康に起用されたのはそれだけとは言い難いと個人的には思うが、関係書が少ないだけに扱ってくれたこと自体が有り難い。
 ただ、『さむらいウィリアム』と併読して読んでいたことで気になったことが一点ある。
ウィリアム・アダムズはプロテスタントのイングランド出身で、当時日本に多くいたカトリック宣教師たちにとっては煙たい存在であった。宣教師たちはアダムズを改宗させようと努力したが、彼は全く応じなかった。そんななか、フランシスコ会修道士の一人が奇跡を起こせたら改宗するという約束をアダムズに取り付け、「水の上を歩く」という奇跡に挑戦することになった。結果は案の定失敗であったが、このときの記述に『~スペイン外交』と『さむらい~』で違う部分があるのだ。
 失敗した修道士のマドリードは、『~スペイン外交』では「泳ぎが苦手」とあったのだが、『さむらい~』では「泳ぎが得意なことで知られるこの男」とあって、真逆の表記になっているのだ。用いている資料からすると、『さむらい~』の方が正しいようだが、さて。
ともあれ、部分的ではあるが、家康の外交方針を知るには良い本である。

三浦一族研究会の学習講座

 

三浦一族研究会の学習講座http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/0130/culture_info/miura_ichizoku/

*一般の方も受講可 三浦一族が活躍してきた時代背景などをひろく学ぶための講座です。今年度は、三浦一族と関連の深い保元の乱の前哨戦ともいわれる大蔵合戦の他、衣笠城、新井城など三浦一族ゆかりの城郭について講演をしていただきます。

1.テーマ:【第1回】 大蔵合戦と三浦氏について      

      【第2回】  衣笠城、新井城等三浦氏に関わる城郭について 

2.開催時期:平成27年1月~2月(2回通し)

3.場所:ヴェルクよこすか(予定)

4.講師:鈴木かほるさん(三浦一族研究会特別研究員)     

 八巻孝夫さん(中世城郭研究会・倭城址研究会代表)

5.募集:180名

6.会費:会員500円、一般1,000円

*受講者募集については開催日程が決まってから市の広報紙等でお知らせします。

向井将監について 

「あるエルブログ」よりhttp://ari-eru.sblo.jp/article/114058492.html

『史料が語る向井水軍とその周辺』 鈴木かほる ★★★☆☆

 九鬼水軍、村上水軍はそれなりに知られるようになったが、この本で取り上げられている「向井水軍」の知名度は…かなり低いと言うしかないだろう。そもそも徳川にも「水軍」があったこと自体、どれだけの人が知っているだろうか。徳川には有名な「海戦」ないため、その水軍にはさほど目が向けられていない。 だが、海上での戦が皆無ではないのだ。 小牧長久手のときには徳川水軍の小浜・間宮氏が感状を得ているし、小田原の戦いにも徳川水軍は輸送その他で参戦している。 本能寺の変のとき、堺から戻る家康は伊勢から船で三河に辿り着いた。 徳川は水軍・水運を軽視してはいないし、できるような環境にはないのだ。 海に面した領地を持つ大名にとって、海への備えは必須である。天候に大きく左右されるが、陸上交通が発達するまで水運は重要な輸送手段であり、また、徳川が作り上げた「江戸」は運河・水路が張り巡らされた水の都であった。 徳川の水軍は三河時代から存在していたが、その規模が拡大するのは、今川の旧領であった駿河を手に入れてからである。 向井水軍の発祥地は伊勢である。
 著者は系図から、今川氏がその伊勢から向井氏を招聘し、今川水軍に迎え入れたのだろう、と推定している。北条氏も伊豆に備えていた水軍に紀州熊野の海賊を迎えている。九鬼水軍も志摩が本拠地である。東国勢にとって、海賊は黒潮で繋がった紀伊半島から「呼ぶ」ものであったのだろうか。 恐らく今川義元によって駿河に領地を得た向井氏は、武田氏の侵攻によって、所属を今川水軍から武田水軍へと変える。しかし、程なく、武田水軍は武田氏の滅亡により、徳川水軍となる。さらに、この水軍には北条氏の滅亡によって伊豆水軍も吸収される。 家康の関東転封にともなって、向井氏の本拠地も関東へと移る。
  向井政綱は上総・相模に二千石を得て、相模の三浦郡に居を構える。向井政綱の息子忠勝は秀忠の寵愛を受けて、江戸幕府船手頭筆頭の地位を得て、小大名並の知行を得る。 著者は向井氏の子孫の方から託された系図及び新出文書などを用いて、今川→武田→徳川と渡り歩いた向井氏の動向を幕末まで記していく。ただ、その途中で同じく徳川水軍に属した間宮氏、小浜氏、千賀氏や、向井氏と婚姻関係にある長谷川氏などにも触れていくため、度々、話題が前後する。史料もかなりの長文が引用されているときがあるので、慣れないと読み辛いかもしれない。 著者も冒頭で書いているが、向井氏についてはさほど研究が進んでいない。
 今回、新出史料とこの本が出たことで、今後「向井水軍」や、それを内包する「徳川水軍」にも「九鬼」「村上」並に目が向けられるようになると良い。 後書きに黒田日出男氏も「向井将監」に関する書籍を出す予定とあった。こちらも期待したいが、出版予定の九月はとうに過ぎている。無事に刊行されるのだろうか。

読売カルチャー 坂本龍馬が愛した女たち…「罪な男」ぶり明らかに

坂本龍馬が愛した女たち…「罪な男」ぶり明らかに
BSフジ「発掘!歴史に秘めた恋物語 坂本龍馬が愛した女たち」

    広く敬愛され、熱烈なファンを持つ坂本龍馬。時代を動かした幕末の志士の実像を、女性との関わりから読み解く「発掘!歴史に秘めた恋物語 坂本龍馬が愛した女たち」が12月1日午後10時、BSフジで2時間スペシャルとして放送される。
 天下国家のために奔走しながら、その場の勢いで美人にばかり求婚し、すぐにほったらかしにする龍馬の「罪な男」ぶりなどもあぶり出され、興味深い。  東京都墨田区の元料亭で11月19日に行われた収録では、司会の勝村政信=写真左端=や、内藤剛志=同左から2人目=らが、龍馬と深い縁があった女性のうち、誰が一番幸せだったかなどをテーマに盛り上がった。歴史研究家の鈴木かほる=同手前=は、龍馬の手紙や当事者の証言などを丹念に分析し、虚像を排したエピソードを披露した。
 取り上げた主な女性は4人。姉の乙女は、幼い頃から弱虫だったとされる龍馬をスパルタ教育で鍛え上げたことで有名だが、乙女がこれほど武術や学問、芸術に秀でていたとは驚きだ。龍馬を最も形作った女性と言ってもいいだろう。
 このほか、幼なじみの初恋相手や、音信不通の憂き目にあった婚約者、日本初とも言われる新婚旅行を楽しんだ妻のお龍などが登場する。  収録後、勝村は「今の時代から考えると、龍馬のやってきたことは、女性に対して『ちょっとひどすぎるんじゃないか』と思う。だが、何かを成した人はふさわしいパートナーがいて、皆が運命を受け止めている気がする」と話した。
 番組ではこれまで、北条政子と源頼朝や、竹久夢二、和泉式部の恋を取り上げてきた。男が主人公になりがちな歴史の中で、「女性を切り口にすることで新しい発見がある」と山田治宗チーフプロデューサーは狙いを話す。  勝村も「学校で習う二次元的な歴史が、番組で立体的に見えてくる。少し別角度の目線で歴史を見始めると、こんなに面白いんだと感じてほしい」と呼びかけた。  (岩城択)

BSフジ「発掘!歴史に秘めた恋物語」オンエア

勝村政信らが龍馬と4人の女性の関係に迫る!

webザテレビジョン 11月26日(水)0時27分配信    

勝村政信が「発掘!歴史に秘めた恋物語」のMCを務め、坂本龍馬の人物像に迫る

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勝村政信らが龍馬と4人の女性の関係に迫る!                
     BSフジで放送中の「発掘!歴史に秘めた恋物語」。12月1日(月)のオンエアでは、放送時間を拡大して坂本龍馬を特集する。
       
 源頼朝や和泉式部らの恋物語を紹介してきた同番組。今回のテーマは「幕末の風雲児 坂本龍馬が愛した女たち」。“龍馬をつくった女”と呼ばれる姉・乙女、龍馬の初恋の相手と目される幼なじみ・加尾、龍馬を一生待ち続けた婚約者・佐那、そして寺田屋で龍馬を救ったお龍。これら4人の女性の視点から、龍馬の人物像に迫っていく。

 番組にはMCの勝村政信のほか、内藤剛志、歴史研究家・鈴木かほる氏、“歴ドル”の美甘子が出演。龍馬について熱いトークを繰り広げる。
番組収録後、勝村は今回のスペシャルについて取材に応じた。

  勝村は龍馬の印象を、「いろんな人が憧れて、いろんな思いで坂本龍馬という人を作り上げているので、もう実際にどんな人かは分からないと思うんです。その分からなさ加減と、膨れ上がっていく僕らの想像や妄想も含めて、それらを受け止めて、のみ込んでいく度量のある人なのではないかと思います」と語った。

 また、“恋”という視点から見た歴史については、「面白いですよね。女性の目線から見た歴史の方が多分、真実に近いのでは。男ってどうしても見栄を張ったり、ちょっと歴史を変えてしまったりするじゃないですか。寝て、ご飯を食べて、風呂入ってみたいな、(男性の)生の部分を見ているのは女性ですから。そういう意味で、女性の目線が最も信頼できるのかな」と話した。(ヤフーニュース)

 

BSフジ 「歴史に秘めた恋物語」


Bs【今回の放送日時】 2014年12月 1日(月)22:00~23:55

 今回は、坂本龍馬の恋物語を紹介。幕末の動乱の時代から世代を越え、今もなお日本人を魅了しつづける男・龍馬。日本の近代化に大きな影響を与えた龍馬の人生には何人かの女性との恋の物語があった。龍馬の人生だけではなく歴史にも影響を与えた恋とはいったいどのようなものだったのか。
龍馬の性格に大きな影響を与えた家族の存在から、初恋の女性、そして龍馬を命がけで愛した女性・お龍の話まで、ゲストの内藤剛志、美甘子、鈴木かほると共に龍馬の人生に深く切り込んでいく。

 

BSフジ第4回 「歴史に秘めた恋物語」収録 北青山スタジオにて

2014年11月19日 20:37:20   66VIEW   「美甘子ブログ」

 Bs2
歴史研究家の鈴木かほる先生解説の元、乙女、加尾、佐那、お龍、四人の女性関係を元に龍馬の恋を紐解きました。放送は12/1月22:00〜BSフジ 発掘 歴史に秘めた恋物語「幕末の風雲児 坂本龍馬を愛した女たち」是非!霧島ロケもあるよ!



左から、鈴木かほる・勝村政信・美甘子
 

洋学史研究会11月例会

日付 平成26年11月1日(土)
会場 青山学院大学青山キャンバス 総研ビル9階第16会議室
開場 13時(研究発表は13時30分より)
※会員外の方は、受付で会場費500円をお支払いください。

「研究発表」

鈴木かほる氏 テーマ「新出史料から解き明かす向井水軍の実態」
 ★コメント 「戦国期に伊勢国に発祥し今川氏、武田氏、徳川氏へ移籍し、その技量を昇華させた向井水軍。ここでは、主として徳川氏直属の海上軍事官僚としての向井氏、小浜氏、間宮氏、千賀氏ら船手四人衆の動向を幕府滅亡まで追う。」

大井 昇 氏  テーマ「長崎諸役所絵図帖について」
 ★コメント 「長崎奉行所は、管理下にあった施設の絵図帖を作成していた。絵図は彩色された平面図で、通常折本、巻物で絵図帖の形になっている。閲覧・複写可能な16点の絵図帖について比較検討し、時代考証を試みた結果について述べる。」

15分トーク
松本英治氏「研究会の共通テーマに向けて」
  

三浦半島地区 教育研究集会

第64次 三浦半島地区 教育研究集会 NO3社会科教育分科会が、三浦半島地区教職員組合により下記の日程で開催されます。(一般参加自由。当日会場で受付)。

日時 2014年10月11日(土)  13時~16時30分
                   
                   前段
                      13時15分~14時15分 講師 鈴木かほる 

                            「演題「徳川家康のスペイン外交」

                            なぜ三浦按針は外交顧問となったのか
                        休憩
                   後段
                      14時35分~15時35分

                    横須賀市特別番組 「浦賀は国際貿易港だった」上映。

                       質疑応答

                      16時25分 閉会

会場 横須賀市立横須賀総合高等学校(京急久里浜駅から徒歩10分) 
                   

 

『史料が語る向井水軍とその周辺』

『史料が語る向井水軍とその周辺』 本体価格2900円+消費税 送料無料

 ー初めて解き明かす向井一族の実態ー 戦国期に伊勢國に発祥し、今川氏、武田氏、徳川氏へと移籍し、その技量を昇華させた向井水軍。その新出史料から、向井氏を中心として九鬼・小浜・間宮・千賀・後北条氏の各水軍たちの実態を解き明かす。

<内容>
 向井氏は戦国期に伊勢国に発祥し、駿河今川氏、甲斐武田氏へと移籍し、最終的には、向井政綱のとき徳川幕府の船手頭として落着し、その技量を昇華させた。本書は、向井氏の出自から起筆し、新出史料を挿入しながら、向井氏を中心として九鬼氏・小浜氏・千賀氏・間宮氏・梶原氏・小笠原氏などの各水軍の関係から、向井氏の実態を明らかにした。新出史料には、向井将監忠勝の花押を載せる唯一の自筆文書や、将監正方の自筆文書、将監正員や将監政香の花押を載せる文書、向井将監と伊勢の豪商角屋七郎次郎との親交を示す文書などである。また三浦郡が会津藩領となって、向井将監の所領が召し上げられた際、どこへ代知となったのか不詳であったが、その地を示す資料も判明した。
 
向井氏は馬上資格を持つ布衣の身分として、江戸城下の川口に厩(馬小屋)を備えた広大な本屋敷を与えられた。はじめて将監を称したのは、向井政綱の嫡子忠勝である。忠勝は将軍徳川秀忠に寵愛され、将監の称号と小大名並の知行6千石余を与えられている。将監とは、護衛を指揮する判官のことで、従六位に相当する官職名である。以後、将監は、代々向井家宗家の称号として用いている。徳川秀忠が幕府の権威を誇示するため、将監忠勝に建造させた巨船安宅丸は、伊豆で建造されたが、その装飾地は将監忠勝の本拠地三浦三崎であるとする。
 
向井氏庶流の中で、特筆すべきは四つある。一つは、将監忠勝の娘が水戸藩の三代付家老の中山信治に嫁し、その五代信成の生母となったこと。二つには、下館藩二万石の藩主石川氏の養嗣子となって藩主を継いだ向井氏。三つには、小田原城主の六代大久保忠増の正室となった女性。四つには、徳川頼宣が紀伊藩主として入部した際、慥柄組大庄屋となって田丸城下に住んだ慥柄向井氏などである。
 
幕府の海上軍事は、江戸常駐の向井将監、大坂船奉行の小浜氏、この二極体制により全国に及ぶもので、二人は海上軍事官僚として、その名を東西に轟かせたのである。文久二年、幕府船手職が廃職となると、向井将監は勝麟太郎(海舟)と並び、築地に開設された御軍艦操練所頭取となり、海上軍事官僚としての地位を保持した。横須賀製鉄所が開設されると横須賀製鉄所奉行並に転じたが、幕府滅亡により、明治政府に東京府貫属士族として取立てられ、家禄が支給されている。これは明治政府が華族・士族に与えた、いわば賞典禄である。
 
本書は、向井氏の出自から向井将監の称が消滅するまでの四六〇年余の変転をたどった。因みに、向井一族の墓は、高野山金剛峰寺をはじめ、静岡市清見寺・東京深川陽岳寺・逗子市海宝院・横須賀市貞昌寺・三浦市見桃寺に存在する。(著者)









 

 

『徳川家康のスペイン外交ー向井将監と三浦按針』鈴木かほる著

 『徳川家康のスペイン外交ー向井将監と三浦按針』 新人物往来社 2010年 
          

<本書の概略>
 日本史上、為政者が外国人を外交顧問として寵遇した例がない中、家康は、なぜ三浦按針を外交顧問としたのだろうか。本書は、このなぜという理由に言及している。
家康が、三浦按針を外交顧問としたのは、対スペイン交渉のためである。つまり、大型帆船の造船技術と金銀精錬法の導入のため、相州浦賀に、スペイン人の造船匠および鉱山技師の招聘を交渉するためである。なぜ浦賀湊かというと、家康の所領は関東のみであったからである。
 当時、日本には大型帆船の造船技術はなく、家康が広く欧州の国々と貿易していくためには、太平洋の荒波に耐える大型帆船を持つことと、天下統一のための資金確保=金銀の増産が急務であり、それにはスペイン領メキシコで行なわれている画期的な金銀精錬法=アマルガム法の導入が必須であった。ところが、家康の側近にはスペイン語の通詞はいないため、交渉は頓挫していた。そこへ三浦按針が現れ、外交顧問として抱えたのである。三浦按針の尽力により慶長九年、はじめてスペイン船が浦賀に入港し、以後、毎年、入港している。
 三浦按針が英・蘭貿易のために雇用されたのではないことは、両国との通商成立の過程をみれば明白である。すなわち、三浦按針の母国英国と通商を結んだのは三浦按針の来日から13年後、蘭国とは9年後であり、しかも、両国の貿易会社が三浦按針に書翰を送り、按針の仲介で実現した、いわば家康にとっては受身である。英・蘭貿易が目的で三浦按針を雇用したとすれば、三浦按針の来日後、直ちに両国との通商を成立させたはずである。
  三浦按針が、江戸のほか逸見・浦賀に屋敷を与えられたのは、スペインー浦賀間の貿易を遂行していくためであり、逸見の采地はそのための報酬である。でなければ、同じ外交顧問ヤン・ヨーステンのように、江戸邸だけを与えれば良いはずである。
 英・蘭両国はプロテスタントであるから布教はしない。したがって、家康にとって両国は理想的な貿易国であるのに対し、スペイン国は貿易と布教とを一体化した理念を持つカトリック教国である。布教を好ましく思っていない家康は、スペイン交渉を成功させんがため、布教を黙認し、スペインの浦賀商館ともいうべきフランシスコ修道院を建てることを許可した。家康が浦賀入港を強要したのはスペイン商船のみであり、英・蘭の両国の商船の浦賀入港は、全く強要していない。それ故、英・蘭両国の商館は浦賀には置かれず、平戸に設置された。 
 
浦賀にスペイン商船が入港するたびに、英・蘭の平戸商館の商館員が自国の商品を持って浦賀に急行し、売切るまで貿易が行なわれた。浦賀湊には多くのスペイン人が在留し、今の我々の想像を遥かに越えた賑わいをみせていた。
 
ポルトガル人によって、スペインー浦賀間の貿易が中断された際、三浦按針は、家康の命によりスペイン領マニラに派遣され、三浦按針の交渉によって浦賀貿易が再開されている。 
 
スペイン人ドン・ロドリコ・デ・ビベロが上総岩和田沖で座礁した際、家康の命を受けて、その救助に急行したのは三浦按針である(千葉県御宿には、住民が、漂着したビペロらを救助したことから、「日西墨三国交通発祥記念碑」が建碑されたが、実際にスペイン船が入港し貿易が行なわれた浦賀湊には「日西墨三国貿易記念碑」なるものは浦賀にない。願わくば、これを機会に建碑して欲しい)。このとき、家康は三浦按針船をビベロに提供し、鉱山技師派遣の交渉船として浦賀から発向し、ビベロ一行を帰国させている。これが、日本航海史上、初の幕府船の太平洋横断である。家康は、はじめて手に入れた太平洋を渡る船を、対スペイン交渉のため提供したのである。
 伊達政宗の遣欧船サンファンバウティスタ号は、メキシコ使節ディエゴ・デ・サンタ・カタリーナを乗せ、貿易船として浦賀に帰帆している。
 
日本人のキリシタンが増加するのを危惧した家康は、常に三浦按針にスペイン国の情報や、本国から派遣された宣教師の動向の報告させていた。禁教令が発せられた際、浦賀に滞在するスペイン人に禁教令を伝えたのは、長崎から急行した三浦按針である。家康の側近の中で、禁教令と国外退去令を正確に伝えることができたのは、三浦按針のみである。そして、この家康の浦賀スペイン貿易を統括していたのは、徳川船奉行向井政綱・将監忠勝父子である。

 関連論文
・「徳川安宅船の完成寛永十一年説の否定と装飾地の考察」『神奈川地域史研究』29号 2011年。
・「徳川家康の浦賀開港とその意図」『神奈川地域史研究』12号 1994年、『日本史学年次別論文集』学術刊行会に再録。
・ 「スペイン外交と浦賀湊」『郷土神奈川』 52号 神奈川県立図書館 2014年。

 
 

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「かねさは歴史の会」 講座

演題「徳川家康の浦賀外交と三浦按針

講演内容 なぜ三浦按針は、徳川家康の外交顧問となったのか、国際貿易港浦賀の実態を明かします。 

講師 中世史家 鈴木かほる氏

日 時:2014年7月4日(金) 12:30~14:30

会 場:横浜市金沢区能見台地区センター 2階 多目的室。京急能見台駅 徒5

臨時参加費 500円  申込先 かねさは歴史の会 

社会科研究会 フィールドワーク

<社会科研究会 フィールドワーク>

テ  ー  マ  「鎌倉に三浦氏の史跡を訪ねて」(会員限定)
日     時  2014年4月19日(土)10:00集合(14時30頃終了予定)
集 合 場 所  JR鎌倉駅東口改札前集合 
コース 概略等  JR鎌倉駅東口⇒三浦お万の供養塔(妙本寺)⇒和田義盛館跡⇒
鶴岡八幡宮⇒三浦氏惣家の館跡⇒(頼朝墓)伝三浦氏やぐら⇒伝和田胤長館
跡⇒伝三浦光村館跡(永福寺跡)⇒杉本城址
                         ※途中昼食休憩を1時間程はさみます。
講   師   鈴木 かほる さん
参加 費   1,000円

J;COM湘南 夕なび湘南~横浜』

 2014,年1月14日(火)生放送後記・横須賀「馬掘」地名の由来とは? 
 
  J:COM『夕なび湘南~横浜』ブログ
1月14日(火)の『夕なび』を担当したTMです。皆さま、今年も始まりましたね。始まってしまいましたよ!2014年も宜しくお願いします!    

 Photo_3今回は新年最初の特集コーナーということで、MCの宮内恒雄と半田あいが、今年の干支である「馬」の地名が入った横須賀・馬掘(まぼり)に向かい、その名前の由来とそこにまつわる「馬」の伝説を調査しました。横須賀在住の中世史研究家・鈴木かほるさんに案内していただき、「馬掘」の地名の由来となった伝説が残る浄林寺に。
昔、安房国から海を渡って暴れ馬が泳いできて、走水に着き、その馬が喉の渇きを癒すため足元を穿ってみると、そこから清水が湧き出したという伝説から「馬掘」という地名がついたそうです。その清水が湧き出した「蹄の井」が浄林寺には残っています。
鈴木先生からは様々なお話をお伺いすることができて、とても興味深かったです。自分の住む土地にそんな伝説があったら素敵だなと羨ましい気持ちになりました。
今年は午年。馬伝説が残る「馬掘」をたずねてみてはいかがですか?

横浜YOUテレビ 「横浜ミストリー」

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横浜YOUテレビ 「横浜ミストリー」 鈴木かほる

歴史秘話ヒストリア 「お龍と龍馬」

NHK総合 「歴史秘話ヒストリア」 第164回 放送 11月13日(水) 22:00~22:43

  お龍と龍馬 - 龍馬が愛した女〜お龍 知られざる素顔〜 お龍と龍馬について、鈴木かほるがコメント。


 


「三浦一族マップ」神奈川県横須賀三浦地域県政総合センター 

Photo
平安時代から戦国時代までの、約450年間に及ぶ三浦半島を中心に栄華の歴史を繰り広げてきた三浦一族は、1516年、新井城で、北条早雲によって滅ぼされました。
 三浦半島に、その三浦一族の足跡を訪ねてみましょう

◆原案・監修◆ 鈴木かほる(三浦一族研究会特別研究員)
◆協 力◆三浦一族研究会・横須
賀観光ボランティアガイドの会・三浦観光ボランティアの会

◆編集・発行・お問い合わせ先◆lhttp://r500m.com/blog-21624266_page.html

神奈川県横須賀三浦地域県政総合センター商工観光課 
〒238-0006 横須賀市日の出町29-19 神奈川県合同庁舎4F ☎046-823-0433




   

朝日新聞 地域ニュース

「朝日新聞」2013年4月28日付   不思議 探検隊 

幕末の志士、坂本龍馬の死後、妻のお龍(りょう)は横浜の料亭で仲居をしていたという。どんな経緯で横浜にたどり着いたのだろう。
働いていたのは「田中家」(横浜市神奈川区)。東海道五十三次の宿場町、神奈川宿で幕末に創業された。そばに勝海舟が設計した砲台「神奈川台場」があった。役人や貿易商、志士、外国人らでにぎわった神奈川宿の中でも田中家は最も大きな料亭。勝も常連だったという。
 高知県立坂本龍馬記念館によると、龍馬の死後のお龍に関する情報は少ない。「史料が語る坂本龍馬の妻お龍」の著書がある横須賀市の郷土史家鈴木かほるさん(66)は、お龍を田中家に紹介したのは勝だったとみている。

 龍馬の死後、お龍は高知の龍馬の実家や故郷の京都で暮らしたが、1872(明治5)年ごろに西郷隆盛らを頼って上京。だが翌年、征韓論で敗れた西郷は鹿児島に下野して、お龍は頼みの綱を失った。助け舟を出したのが勝で、なじみの田中家に雇ってもらった、という筋書きだ。横浜駅から徒歩約10分。マンションが並ぶ住宅街で、いまも田中家は江戸の名残をとどめている。和服姿の女将(おかみ)平塚あけみさん(66)が三味線を手に出迎えてくれた。「先々代の主人は『お龍さんを世話したのは下野する前の西郷さんだった』と言っていた。真相はわかりません」
 田中家に来た当時は33歳。米領事館から英語の書物を取り寄せて勉強していた。「龍馬と行く約束をしていた米国に、独りでも行きたい」と主人や同僚に話した、と語り継がれる。女中のなかでも年長だったが、京仕込みのおしゃれさと月琴を弾きこなし、英語も話せたお龍は、接待の場で重宝がられたという。
 「いとし恋しおりょう」とつづった龍馬直筆の手紙が田中家にある。1867(慶応3)年に下関で待つお龍に長崎から送ったものだ。京都に赴いた後、下関に帰ると書かれているが、龍馬は同年に京都で暗殺されてしまう。
 35歳で客と再婚して横須賀に移り住み、名前も「ツル」と改めた。龍馬と親しかった長崎の武器商人グラバーの妻と同じ名前。平塚さんは「グラバーに憧れていたのか、ハイカラなツルさんに憧れていたのか。昔を忘れたくなかったお龍のこだわりを感じます」。
(山口博敬)




朝日新聞デジタルトップ

三浦一族学習講座

三浦一族研究会学習講座(全2回) <横須賀市文化振興課内、三浦一族研究会HP>

 鎌倉幕府の創設にも深くかかわり、歴史を動かしてきた三浦一族。毎年テーマを設けて、三浦一族に関する知識を深めていきます。今回は、三浦一族研究会特別研究員の鈴木かほるさんを講師にお迎えし、開催しました。
会場はいずれもヴェルクよこすかホールで、受講者は157名でした。

【第1回 平家滅亡の前後】
日時:平成25年2月6日(水曜日)午後2時~午後3時30分

【第2回 頼朝の挙兵と三浦一族 】
日時:平成25年2月13日(水曜日)午後2時~午後3時30分

 

戦国史研究会 例会 研究報告

第393回 戦国史研究会のお知らせ

日時 平成24年7月14日(土) 午後3時 開始

報告者 鈴木かほる氏

テーマ 向井将監忠勝の新出花押と初見文書の紹介

場所 駒澤大学 深沢キャンパス 1階 講義室1―1

●交通案内 東急田園都市線「駒澤大学」駅下車、「公園口」より徒歩約15分
●東急バス渋82系統 「渋谷~等々力」、等11系統「祖師ケ谷折返所~等々力操車所」
より 「駒大深沢キャンパス前」 バス停下車、徒歩1分

 戦国史研究会 鈴木方 

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2012年  洋学史研究会 6月例会報告

日付  平成24年6月2日(土曜日)
会場  青山学院大学青山キャンパス
    総研ビル9階第16会議室
開場  13時(研究発表は13時30分より)
※会員以外の方は、受付で会場費500円をお支払いください。

〔研究発表〕
高橋信一氏
 「坂本龍馬の妻お龍の写真と内田九一写真館スタジオの変  遷」
☆コメント☆
「近年坂本龍馬の妻の若い時の写真というのが巷の話題になっている。その疑問
点を追及し、件の写真がいつ撮影されたかを推定出来るよう、内田九一写真館スタジオ
の変遷を辿るダイアグラムを作成した結果を報告する。」
鈴木かほる氏
 「徳川安宅船の完成年と装飾地の考察」
☆コメント☆
「幕府海上軍事官僚・向井将監忠勝が建造した安宅船の完成年は寛永十一年が定
説だが、未だ確たる論はない。また装飾地も未考察である。『大猷院殿御実紀』など関
連記事についても混乱が指摘されている。これらを解析する。」
         洋学史研究会会長・名誉教授 片桐一男。 事務局・松本英治☎ 090-9959-4 

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日本海事史学会 5月例会ご案内

 講師に、鈴木かほるさん をお迎えして、下記のごとく、例会を開催しますので、ふるってご参加ください。(臨時参加可)講題  安宅船の完成年の再考察と装飾地の考察
講師  鈴木かほる (会員)
日時  2012年5月12日(土) 午後2時10分~4時
場所  東京大学教養学部 ファカルティハウス セミナー室
     (京王井の頭線 駒場東大前駅下車、場所は、正面の警備員にお聞きください)
終了後、駒場の「英香」(☎03-3467-8221)で、懇親会を行います。
なお、次回は、7月21日(土)の予定です。
       〒147-0021 東京都小平市上水南町4-9-14 安達気付
                  日本海事史学会  ☎042-327-9676

鈴木かほる著書注文

Photo_6『鎌倉遺文研究』38号 2016年10月   
論文 鈴木かほる 寛元の政変・宝治合戦の通説への疑問―建長・弘長騒動までを見直す--                                                                                                             ご注文は http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b251583.html 吉川弘文館へ

 

『史料が語る向井水軍とその001_4周辺』

2014年刊 347頁  新潮社図書編集室

書評 http://ci.nii.ac.jp/naid/40020268024 

http://home.att.ne.jp/wind/gakusan/suigun/asiato.html

本体価格2900円+消費税 送料無料 

ご注文は右メールへ

Photo_2

『徳川家康のスペイン外交ー向井将監と三浦按針』

2010年刊 226頁  

新人物往来社
本体価格 2800円 + 消費税
送料無料

ご注文は右端の「メール送信」へ

Photo_3  

『相模三浦一族とその周辺』

2007年刊 401頁  書評http://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/01023373

新人物往来社
本体価格 2500円 + 消費税
送料 350円

ご注文は右端の「メール送信」へ

Photo_4『三浦半島の史跡みち』

2007年刊 316頁
かまくら春秋社 http://kamashun.shop-pro.jp/?pid=70945526
本体価格 1800円 + 消費税
送料無料

ご注文は右端の「メール送信」へ

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「関東武士研究叢書 」第6巻 『三浦氏の研究』

共著 416頁

2008年刊 
名著出版 
本体価格
8500円 + 消費税
ご注文は名著出版へhttp://www.meicho.co.jp/?pid=6985434

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『三浦一族の史蹟道』

鈴木かほる著 52頁
2008年 
横須賀市刊
本体価格 300円(税込)
ご注文は、横須賀市役所 文化振興課 三浦一族研究会係 
☎046-822-4000へhttp://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/0130/culture_info/miura_ichizoku/event.html

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『史料が語る坂本龍馬の妻お龍』

2007年刊 274頁  http://p.twipple.jp/31SFo
新人物往来社
本体価格 2800円 + 消費税
完売、在庫なし。

Photo_6

ハイクガイド 三浦半島 』

1990年刊 316頁
神奈川新聞社
本体価格
1500円 + 消費税
在庫なし。

横浜市金沢区「わの会・寺社を巡る会」講演会

横浜市金沢区「わの会」分科会      講演会参加募集のお知らせ

主催者:「寺社を巡る会」横浜市金沢区生涯学習グループ「寺社を巡る会」では、三浦一族研究の権威である「鈴木かほる氏」による講演会を次の要領で開催します。
金沢に隣接する三浦を本拠とし、初期の鎌倉幕府を支えた「三浦一族の盛衰」についてお話をしていただきます。わが街かなざわの歴史を学ぶ“わ”の会会員の皆様にも興味のあるお話が聞けるものと思いますので、広く“わ”の会会員の皆様にも参加のご案内を申し上げます。会員多数のご参加をお待ちしています。

日 時  平成23年2月3日(木) 9時30分~11時30分 (受付開始 9時15分)
会 場  金沢地区センター 大会議室

演 題  三浦一族の盛衰

講師 鈴木かほる氏  中世史研究家 三浦一族研究会特別研究員
          国家公務員非常勤
NHK文化センター講師などを歴任。著作:「相模三浦一族とその周辺史」「三浦一族の史跡道」
            「徳川家康のスペイン外交」など
参加費  500円 (当日、会場でお支払ください)
申込不要 (当日、会場で受付けます)


鎌倉市生涯学習講座「史料が語る坂本龍馬の妻お龍」


鎌倉市

講座・催し物

「史料が語る 坂本龍馬の妻 お龍」

講師:鈴木 かほる(中世史研究家) 1/20 「楢崎 龍の出自ーその回顧録から」     たった1枚の真影・川田瑞穂・金岡金馬・内田写真館など
1/27 「龍馬との出会い」     龍馬と浦賀湊・龍馬との祝言・妻・一力の豪遊など
2/3  「寺田屋騒動と奔走生活」     寺田屋事件・新婚旅行・長崎と下関時代・龍馬暗殺・お龍は正妻か・妹起美の祝言など
2/10 「龍馬の死後のお龍とその晩年」     土佐坂本と千屋敷の時代・京都から東京へ・西松松兵衛との再婚     終焉地横須賀へ・美子皇后の御夢・お龍の最期など   日程:1/20・27、2/3・10(金)全4回

大船学習センター(きらら大船)

01月20日~02月10日(金)全4回

14:00~16:00

市内在住・在勤条件あり

定員:30名 申込み多数の場合は抽選 

往復ハガキに①催物名・②〒住所・③氏名(ふりがな)・④年代(学年)・
⑤電話番号を記入して大船学習センターへ(1枚につき1名)

12/20 必着

無料

主催:鎌倉市教育委員会★企画・運営:鎌倉市生涯学習推進委員会

大船学習センター(きらら大船)

〒 247-0056 鎌倉市大船 2-1-26

0467-45-7712

湘南ジェイコムTV 番組 「魅力ひと」

ジェイコム湘南「魅力人」 鈴木かほるさん

「湘南魅力人」 その人に歴史あり。湘南で活躍する方々を紹介します。

1日~ 熊澤茂吉さん 「熊澤酒造(株) 代表取締役」
          97年に、熊澤酒造株式会社代表取締役となり、蔵元の6代目となった熊澤さん。伝統をえけ継ぎながら、試行錯誤を繰り返し、少量生産で美味しさを追求した「天青」や「湘南ビール」を誕生させました。後には、パン製造販売、蔵元創作料理レストランなど、次々と新規事業に挑戦。そのこだわりと、行動力に迫ります。

16日~ 鈴木かほるさん {中世史研究家」 
            国家公務員非常勤。NHK文化センター講師を歴任してきた鈴木さん。また、著書『相模三浦一族とその周辺史』や『坂本龍馬の妻お龍』などを出版。自ら暮らす三浦半島の歴史を、その独自の着眼点で紐解いていく鈴木さんに迫ります。

 

      

産経新聞「決断の日本史」所載記事

 
 
     < 広い知識で「外交顧問」に就任 >

 「関ケ原の戦い」の約4カ月前にあたる慶長5(1600)年5月12日、大坂城西の丸にいた徳川家康の前に1人のイギリス人が引き出されていた。2カ月前、豊後国(大分県)に漂着したオランダ商船、リーフデ号の航海士、ウィリアム・アダムス(1564~1620年)である。
 豊臣秀吉が2年前に亡くなって以降、家康は実質的に諸大名を束ねる存在となっていた。そんな彼が気にかけた問題の一つが、スペインをはじめとした西欧の強国との通商であった。
 家康はアダムスに深い関心を示した。世界の地理や政情に通じ、造船や航海の技術も身につけていたからである。大坂城での引見(いんけん)は3度行われ、家康は深夜まで質問を浴びせ続けた。
 この対面を機に、アダムスは家康の「外交顧問」となった。アダムスも側近としての信任を誇りに感じたようである。江戸に屋敷、さらには三浦半島に領地も与えられ、「三浦按針(あんじん)」という日本名をもらった。彼の指導で造られた日本初の洋式帆船は1610年、太平洋横断に成功している。
 アダムスはなぜ、これほど厚遇されたのだろう。『徳川家康のスペイン外交』の著書もある中世史研究者、鈴木かほるさんは次のように言う。
 「アダムスの実務能力が役立っただけでなく、彼がプロテスタントで宗教と貿易を切り離して考えられた点も都合がよかった。家康は人柄を見抜き、彼を使って浦賀(横須賀市)を国際港にする構想も持っていたんです」
 アダムスは謁見後も20年にわたって日本で暮らし、妻子ももうけた。そしてよき理解者、家康の死から4年後、長崎・平戸で亡くなった。時代はキリスト教の禁止、鎖国へと動いていた。故郷に戻る夢はかなわなかったけれど、一代の英雄に寄り添った幸せな半生というべきであろう。(渡部裕明)

 

高知新聞 「お龍、龍馬の人間像は?」ゆかりの作家らトーク

高知新聞 2011年11月27日付 「お龍、龍馬の人間像は?」ゆかりの作家らトーク」

「龍馬は、お龍に新しい時代の女性像を見ていた」と話す鈴木かほるさん 「龍馬伝」幕末志士社中

坂本龍馬の妻、お龍を取り上げた著書がある作家をゲストに、龍馬やお龍の人間像を探るイベント「龍馬を愛した女性から見た「龍馬の志」が26日、高知市のJR高知駅南口広場の「『龍馬伝』幕末志士社中」で開かれた。

 「龍馬月間」に合わせて開かれ、会場は閉館後の志士社中。『史料が語る坂本龍馬の妻お龍』の著者、鈴木かほるさんと、歴史アイドル美甘子さんをゲストに迎えた。

 お龍が晩年を過ごした神奈川県横須賀市在住の鈴木さんは、龍馬とお龍が結婚した理由について「お互いの中にあった「ギャップ」に引かれ合ったのだと思う」と指摘。「二人は(夫婦というより)パートナー。お龍の輝きは龍馬にしか見えず、お龍を御することができたのは、龍馬だけだった」と話した。

 寺田屋事件の逸話などから、お龍には強い女性のイメージが付きまとうが、鈴木さんは「けなげで、いじらしい女性。龍馬と同じく、自分の命や幸せより周りが幸せなら良いと思う人」として「辛抱強く、責任感がありながら自己主張はしない。そんな面を知ってほしい」と呼び掛けた。約30人の参加者は、鈴木さんらの話に耳を傾けながら、激動の時代に生きた龍馬とお龍に思いをはせた。イベントは27日も、「お龍」の著者、植松三十里さんをゲストに行われる。(大川泰志)

高知市 なるこちゃんブログより 龍馬のイベント

2011年11月27日(日) 12時19分15秒

龍馬を愛した女性から見た「龍馬の志」【高知市】http://www.pref.kochi.lg.jp/press1/2011110300254/

テーマ:坂本龍馬関連
昨日(2011年11月26日)、高知駅前の「龍馬伝」幕末志士社中で開かれた『龍馬を愛した女性から見た「龍馬の志」』というイベントに参加してきました音譜
「資料が語る坂本龍馬の妻お龍」を書かれた鈴木かほるさん(作家)(写真中央)を迎え、楽しい話が繰り広げられました。

なるこちゃんブログ《高知の観光情報ブログ》

ゲストに歴史アイドルの美甘子さん(左)、解説に高知県立坂本龍馬記念館学芸員:前田由紀枝さん(右)も加わり、皆さん、熱くお龍について語ってくださいました。
なるこが一番面白いと感じた話は、Q「なぜ、龍馬は(加尾でもなく、さなでもなく)お龍を選んだのか」という質問に対する鈴木先生の答えです。
「お龍は、加尾よりさなより、おもしろき女だったからですおもしろきというのは、今の言葉で言う、ギャップがあったという意味。
お龍はお香やお花をする、和服が似合う一見美人でおとなしそうな女に見えるが、命がけで妹を助けに行く、また風呂場から龍馬に危機を知らせに肌着一枚で向かう、そんな強い女。そういうギャップが龍馬にとっては、おもしろかった。
例えば、現代の女性も男性のギャップに弱いでしょう
事だけのまじめな男よりも冗談やおもしろいことをいうギャップのある男に惹かれるでしょう。
そいいうギャップは、龍馬にもお龍にもあった」
なるほど、ギャップですか。確かに、ギャップには、なるこも弱いです。
今に通じるところがありますね。      
2011.12.25 Sunday

高知 龍馬イベント 出前講演

龍馬を愛した女性から見た「龍馬の志」
   

「広報かまくら」秋の専門講座 「源氏と三浦一族」募集案内

2011年度 鎌倉市秋期 専門講座   於鎌倉市教養センター

三浦一族とその周辺  

    全6回  講師 三浦一族研究会特別研究員 鈴木かほる氏

コメント  前年度の講座「源氏と三浦一族」で省いた内容を補う講座である。平安末期の院  政期から、鎌倉前期までを、独自の視点でみていく。デーマは、三浦氏発祥地衣笠城への疑問、三浦氏の原点は院政期にある、頼朝ご落胤の考察、また木曾義仲と巴御前、曾我兄弟の仇討など事件のなかから三浦一族の源氏の関係を解き明かす。

 全六回 13時から15時30分     

第一回 院政期の源氏と三浦氏

第二回 三浦氏の発祥地は三浦郡衣笠か

第三回 源頼朝のご落胤と伝ご落胤

第四回 木曾義仲の挙兵と巴御前

第五回 曾我兄弟の仇討ちと三浦氏

第六回 三浦一族と陸奥国

定員70名 抽選 資料代200円

申し込み・問い合わせ  鎌倉市教養センター  0467-32-1221

御宿に誘われて 岸本静江さんのブログ独り言
 
7月以来ブログ更新しなかったのは、連日の猛暑のせいと、それにもかかわらず結構多忙なスケジュールをこなしていたから。で、以下3回に分けて連載。
①「御宿・大多喜ガイド」
 猛暑の812日、友人で江戸初期の鉄砲鍛冶の研究者、北村陽子さんと横須賀在住で相模三浦一族を中心にした三浦半島の歴史や英人ウイリアム・アダムス(三浦按針)の研究者として著作多数、著名な鈴木かほる先生を夫と御宿・大多喜探訪にご案内した。
 まず定番の御宿メキシコ塔。海水浴シーズンとて見物客が常より大勢。なのにいつもはヘンポンと翻っている日本・スペイン・メキシコの国旗がその日はなぜか掲揚されてない。お盆休みかな? 大理石の記念塔も全体に湿気を含んだ靄がかかり、高台から鳥瞰する水平線もモワッとした水蒸気で空との区別がつかない。
 でも御宿初めての北村さん大喜び。鈴木さんも10年振りの来訪で2009年、日本=メキシコ友好400年記念に建立されたラファエロ・ゲレーロ作「抱擁」のブロンズ像は初めてとか。
次いで400年前の930日スペイン領フィリピンの臨時総督だったメキシコ人ロドリゴ・デ・ビベロ・イ・アベルッサ漂着地岩和田海岸へ。狭く険しい断崖の細道を下りサン・フランシスコ号座礁浜へ。浜まで降りると波間に岩礁が見え隠れする。400年前の台風の晩、370人のスペイン人、メキシコ人乗船のこの船はこの岩場で暗礁に乗り上げ座礁したのだ。一行は御宿漁民に救助された後、徳川家康・秀忠父子と会見、翌年三浦按針の築造したガレオン船でメキシコへ帰国したのは、すでに幾度もこのブログで紹介している。
ロドリゴの足跡を訪ねる人もこの浜まではあまり訪れない。
 まして御宿駅近く、房総の誇る銘酒蔵元「岩の井」の母屋の梁がサン・フランシスコ号の帆柱だというのは知る人ぞ知る。客人お二人は「日本海事史学会」会員とて社長の岩瀬氏の許可を得て写真撮影。
 昼食後は大多喜城。1590年徳川四天王の一人、本多忠勝により築城されたが昭和50年(1975年)に再建、現在は千葉県立中央博物館大多喜城分館として本丸跡に建てられた天守閣づくりの歴史博物館。
ここもロドリゴが家康の命で本田忠勝の次男忠朝に歓待された城。私達夫婦も実はウン十年ぶりの再登城(!?)。当時は我ながらこれほどロドリゴ史にのめり込もうとは思わなかった。
さすが鈴木先生はこの道研究の第一人者。以前にも登城?された由で今回もロドリゴの「日本見聞記」の大多喜城訪問の部分の書き抜きを手に「壕の跡地は?」とか「二の丸の方向は?」など城周辺のジオラマを前に熱心な研究振り。
 夫は展示されたポルトガルから渡来直後のいわば「元祖鉄砲」を前に鉄砲鍛冶研究家の北村さんから構造や材質などの説明を聞く。1543年種子島に渡来したこの火縄銃を日本人は自国生産に成功し、わずか半世紀後には50万丁以上を所持していたともいわれ、当時世界最大の銃保有国となったとか。
 いやはや、お二人の碩学を前に房総出身・在住の私だが、「ジモティ」を称する資格はまだまだだなぁ、と痛感した次第だった。

全国歴史研究会 横須賀 I N

MS研究会 例会「頼朝の挙兵と三浦一族」

201107270714511 講師は、中世史家 鈴木かほる氏 テーマ「源氏と三浦一族~頼朝の挙兵と安房落ち~」と題し、研究成果をお聴きする事が出来ました。三浦一族は、三浦半島を拠点に全国各地に所領を統治していた。

郷土の歴史、日本の歴史を学び、現在~未来に役立ててゆきます。鈴木先生ご講演有難うございました。

鈴木先生のご健勝を心より祈念致します。感謝!
(福嶋義信ブログ)

駿府静岡歴史楽会 総会記念講演「徳川家康のスペイン外交」

静岡県 駿府静岡歴史楽会 総会記念講演

  演題「徳川家康のスペイン外交」

講師 三浦一族研究会特別研究員 鈴木かほる氏
日時 平成23年7月24日 13時30分~15時

場所 静岡市女性会館 アイセル21

 

國學院大學大会 近世部会報告

平成23年度 國學院大學大会 http://www.kokugakuin.ac.jp/letters/bun05_00137.html 
 近世部会報告          渋谷キャンパス 120周年記念3号館3階
第3部会 近世部会報告者    3307教室  1時~5時
 徳川安宅船の寛永11年完成説の否定と装飾地の考察             鈴木かほる 氏
 享保期長崎唐人屋敷における抜荷の展開                       橋本 賢一 氏
 飛騨幕領における山方稼村々と林業生産の展開                  高橋 伸拓 氏
 本光国師日記の基礎的考察                                 大嶌 聖子 氏

洋学史研究会 例会報告 青山学院大学

洋学史研究会 例会報告 

日時  平成23年5月7日(土) 13時30分~

場所  青山学院大学青山キャンパス 総研ビル 9階 16会議室

報告者 鈴木かほる氏

  テーマ 「徳川家康が三浦按針を外交顧問とした理由」

     報告者のコメント  

  三浦按針の研究は、日本、イギリス、オランダの研究者によって、絶えず出版されているが、そのほとんどが、彼の生涯、或いは、英・蘭貿易との関わりを述べたものである。日本史上、為政者が外国人を外交顧問として寵遇した例がないなか、なぜ、家康は、三浦按針を外交顧問としたのか、その理由まで言及したものはない。それは、彼の母国英国との通商成立ではなく、スペイン貿易のためであったことを明らかにする。

報告者 岩下哲典氏 

  テーマ 「尾張藩主徳川義勝とその写真」

     報告者のコメント 

 幕末、写真機の前に立った人は、数多くいた。その中で、尾張藩主徳川義勝は、自ら写真研究に没頭し、貴重な写真の数々を残した。近年、義勝の写真に注目が集まっている。これまでの研究をまとめ、写真史の上で、義勝の写真が、どのように位置づけられるかを明らかにできればと思っている。 

会員以外は、参加費 500円。
連絡先 洋学史研究会  会長 片桐一男 
事務局 松本英治☎090-

横須賀市生涯学習講座 

横須賀市 生涯学習 講座 

第17回 歴史探訪    ~鎌倉へ三浦氏の足跡を訪ねる

                   講師 鈴木かほる氏 三浦一族研究会特別研究員

コース  三浦於万の供養塔、和田義盛館跡、鎌倉八幡宮、三浦氏宗家の館跡、伝三浦氏やぐらなど、鎌倉へ三浦氏の足跡を訪ね歩きます。

日 程  平成23年3月23日(水)  10時~15時予定
            ※雨天の場合は、翌24日(水)実施 集合 JR鎌倉駅 東口
定 員  35名(定員を超えた場合は、抽選)
参加費 1000円 (保険料を含む)
締切日 平成23年3月8日(火) 20時必着 

NTT新春セミナー 地区協議会 横須賀三浦地区

2011年度 横須賀三浦地区

NTT 新春セミナー 新春の集い 地区協議会 
   於横須賀セントラルホテル

Ntt_3 
第1部 新春セミナー (14:00~15:30)
  ・講 師 岸井成格氏(毎日新聞社主筆)
  ・テーマ 「波乱の政局を読む」
第2部 新年賀詞交歓会(15:45~17:15)
         横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ 横浜市西区北幸1-3-23 (045)411-1111

川   崎
第1部 新春セミナー (15:30~17:00)
  ・講 師 小和田哲男氏 (静岡大学名誉教授・文学博士)
  ・テーマ 「今、歴史から何を学ぶべきか」
第2部 新春のつどい (17:10~18:10) 富士通(株)川崎工場
       本館 1F プレゼンテーションルーム 川崎市中原区上小田中4-1-1(044)777-1111

横 須 賀 三浦
第1部 新春セミナー (15:30~17:00)
  ・講 師 鈴木かほる氏(史料家)
  ・テーマ 「史料が語る 坂本龍馬の妻お龍」
第2部 新春のつどい (17:10~18:10) 横須賀セントラルホテル 横須賀市若松町2-8
  (046)827-1111

湘南  神奈川県央  平塚  二宮  大磯  秦野  伊勢原  小田原
      新春セミナー・新春のつどい地区協会別開催予定
第1部 新春セミナー (15:00~16:30)
  ・講 師 莫 邦富氏(作家・ジャーナリスト)
  ・テーマ 「日中はなぜわかり合えないのか」
第2部 新春のつどい (16:45~18:00) オークラフロンティアホテル海老名
海老名市中央2-9-50 (046)235-4411 (注2)各地区協会より別途ご案内を送付いたします。

第1部 新春セミナー (15:00~16:30)
  ・講 師 小山武明氏(ゴルフ解説者)
  ・テーマ 「日本のゴルフ界に渇!
   ~世界のゴルフスタイルと日本のゴルフスタイルの違いを語る」
第2部 新春のつどい (16:45~18:00) グランドホテル神奈中平塚
    平塚市八重咲町6-18 (0463)23-2555
(注1)講師及びテーマについては、都合により変更となる場合がありますので予めご了承願います。

 

 

横須賀ロータリークラブ 例会 卓話

横須賀ロータリークラブ 例会 卓話

2011年1月28日   於横須賀商工会議所

演題  「徳川家康の浦賀外交と鎖国」 

        講師  鈴木かほる 日本海事史学会

日本海事史学会 例会 報告

日本海事史学会例会 http://kaijishi.jp/reikai.html のお知らせ

 講師に鈴木かほる氏をお迎えして例会を開催しますのでふるってご参加ください。

 演題:徳川家康のスペイン外交と三浦按針の役割
 講師:鈴木かほる氏(会員)
 日時:2010年12月18日(土)午後1時30分~4時
 場所:東京大学教養学部システム系会議室
   (15号館4階409号京王井の頭線駒場東大前下車)

 終了後、駒場「英香」で忘年会を行いますのでご参加ください。次回は1月22日(土)の予定です。

「読売新聞 かながわ文庫」『徳川家康のスペイン外交―向井将監と三浦按針

「読売新聞」 2010年12月16日(木)  「かながわ文庫 」

   『徳川家康のスペイン外交―向井将監と三浦按針』 鈴木かほる 著

先進技術導入の駆け引き

 徳川家康のスペイン外交の狙いや、船奉行・向井将監忠勝とイギリス人航海士・三浦按針(ウイリアム・アダムス)が果たした役割について、15年の研究成果を分かりやすくまとめた。
 豊臣秀吉の死後、家康は、長崎、平戸と並ぶ東国一の国際貿易港を目指し、浦賀を開港させた。当時、世界最強国のスペイン商船に限り、江戸に近い浦賀に招いたのは、なぜか。著書では、スペインりょうメキシコなどで行われていた画期的な金銀製煉法の導入が目的で、スペイン人鉱山技師の招聘を目指したとする。
 スペイン外交では、浦賀貿易の総括者であった向井政綱・忠勝親子が密接に関わった。また、家康が外国人の三浦按針を外交顧問としたのも、スペインとの貿易を確立するためだった。三浦半島の領地や浦賀の屋敷を按針に与えたのは、家康が外交官としての彼の能力を最大限に活用するためだったと述べている。
 鈴木さんは、「家康は、今から400年も前に、浦賀を「開国」させていた。世界に目を向けた徳川家康のスケールの大きさが判る」と話している。(新人物往来社、税別2800円)

社団法人横須賀法人会公開講座 「龍馬の妻・お龍の真実の姿」

社団法人 横須賀法人会

〒238-0013 横須賀市平成町2-14-4 横須賀商工会議所3階 TEL(825)7100 FAX(826)3073
                            
社団法人 横須賀法人会 女性部会長 半澤 美恵子
 
女性部会 第2回セミナー(公開講座)のご案内

秋涼の候、皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。平素より女性部会の運営に種々ご協力を賜り厚くお礼申し上げます。
さて、早速でございますが、今年度第2回目のセミナーのご案内を申し上げます。
郷土史研究家の第1人者・鈴木かほる先生が、お龍の名誉回復のために『どういう女性で 、どんな生涯だったのか・・・』坂本龍馬の妻『お龍』の真実の姿をお話します。どなたでも受講できる一般公開の講座ですので、ご友人等お誘い合せの上お気軽にご参加願います。皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。詳細は下記の通りでございます。

平成22年11月1日(月)
午後3時から4時30分 (受付開始2時30分)
会 場 横須賀商工会議所 3階会議室  横須賀市平成町2-14-1県立大学となり

テーマ 『坂本龍馬の妻~お龍の真実の姿
講 師 歴史研究家 鈴木 かほる 先生
備 考 受講無料/ 一般公開(定員80名)
法人会事務局 TEL825-7100 FAX826-3073
主催/(社)横須賀法人会女性部会

最高裁判所長官より表彰

平成22年10月21日(水)、

最高裁判所長官(竹崎季允)賞を受賞、表彰式  

 全国では受者は119名、神奈川県内では、横浜市内と横須賀市内で2名ですが、横須賀市内では、女性の最高裁判所長官の受賞者は、鈴木かほる が第1号となります。

最高裁判所の大会議室において式典があり、その後、全国調停協会の大会があり、レセプションが行われました。

毎日新聞 鈴木かほるさんの本「徳川家康のスペイン外交*目的は「洗練技術」

毎日新聞東京本社 平成22年10月5日(火)付

 
徳川家康のスペイン外交解明:目的は「製錬技術」 

         横須賀の鈴木かほるさんが按針調査結果を出版 


 横須賀市在住の中世史研究家、鈴木かほるさん(64)が、江戸時代初期に徳川家康に外交顧問として仕えたイギリス人航海士で水先案内人、三浦按針(ウィリアム・アダムス)らを調査し、家康の真の狙いを解いた「徳川家康のスペイン外交-向井将監と三浦按針」(新人物往来社)を出版した。按針が設計・造船した帆船が浦賀から太平洋を横断してメキシコに到着して今年で400年。家康がなぜ按針を従えたのかなど新説を多く盛り込み、注目を集めている。
 按針は、航海士を務めたオランダ船「リーフデ号」が1600年4月、豊後・佐志生(現在の大分県臼杵市)に漂着した後、家康から気に入られ、洋式帆船造船などの功績で250石の旗本に取り立てられ、相模国逸見(へみ)村(横須賀市西逸見町)に領地を与えられた。
 鈴木さんは、地元の三浦半島、東京都、按針が晩年過ごした長崎県平戸市を巡って按針の足跡などを調査。浦賀貿易を統括していた徳川水軍の御船手奉行、向井兵庫頭政綱・将監忠勝親子とともにスペインとの貿易に密接にかかわっていた史実を掘り起こした。
 また、布教と一体になったスペイン通商の裏側も調査。家康の真の目的が、スペインがメキシコで保有する金・銀の製錬技術、アマルガム法を導入し、幕府の財政基盤を強固にすることにあったと結論づけた。
鈴木さんは子育てが一段落した後、歴史家を目指して国学院大文学部史学科に入り93年に卒業。苦学した成果を生かそうと歴史探究に駆り立てられる。「地元の人物なのに調べられていない部分がたくさんある。郷土史と中央史を結びつけ、いつか日本史の年表に一行でも飾ることができたら」と話した。【田中義宏】

大津行政センター 講演「龍馬が愛した女性たち」の後、葉山なおし氏と

2010年10月03日

「龍馬が愛した女性たち」

P1010057 10月2日(日)大津行政センターで、鈴木かほる先生の講演が開催されました。
講演内容は、おりょうさんを中心に、坂本龍馬が愛した女性たちの話で、千葉 佐那・平井 加尾そして楢崎 龍と話は展開します。また、おりょうさんと寺田屋のお話し等々、少し時間が足りない感じでしたね。
 写真は講演終了後、会場にて撮らせて頂きました。(葉山なおし氏のブログ)

大津観光協会主催 「お龍のイベント 特別講演・パネル展・墓前祭・月琴の語り

「タウンニュース」平成22年9月24日号 

大津観光協会主催 おりょうのパネル展・講演会・墓前祭・月琴の語り

第1回 10月2日(土) 13時30分~

      特別講演「龍馬が愛した女性たちー佐那・加尾・そしてお龍」

                講師 三浦一族研究会特別研究員 鈴木かほる氏

第2回 10月3日(日) 13時30分~ 

      特別講演「龍馬とお龍と横須賀ゆかりの海援隊士」

                講師 東京龍馬会 皆川真理子氏

第3回 10月10日(日) 13時30分~

      特別講演「龍馬とお龍」

                講師 よこすか龍馬会会長 藤井親氏

 墓前祭 10月9日(土) 於信樂寺 1時30分~ 

 月琴演奏と語り     大津コミュニティセンター 3階 3時~

                よこすか龍馬会 月琴部

               

 

  

鎌倉市秋期専門講座 「鎌倉幕府・源氏と三浦一族」

平成22年度 鎌倉市秋期専門講座  於鎌倉市教養センター

     「鎌倉幕府・源氏と三浦一族」

             講師  鈴木かほる氏  三浦一族研究会特別研究員

     全7回  13時30分~15時30分

第1回  10/1   桓武平氏の誕生と坂東八平氏
第2回  10/15  関東源氏の誕生と三浦氏の誕生
第3回  10/29  頼朝の挙兵と安房落ちの事情
第4回  10/6   畠山重忠人物論
第5回  11/19  北条氏の和田の乱
第6回  12/3   三浦一族と京都の政界
第7回  12/17  矢部禅尼と宝治の乱

定   員  70名  抽選  参加費  200円
申し込み  往復はがきか、鎌倉市教養センターへ  ☎0467-32-1221

BSドキュメント「恋女房お龍 龍馬を語る」出演

BSフジ  ドキュメント 2010年9月20日(月) 23時30分~24時15分

番組名「恋女房おりょう 龍馬を語る」

幕末のヒーローとして注目される坂本龍馬。『史料が語る坂本龍馬の妻お龍』の著者鈴木かほるさんがコメントを寄せています。龍馬の魅力はこれまで数多くの小説や映画で語られてきました。しかし龍馬の妻おりょうの存在、そして彼女が晩年、龍馬との愛の日々を語った事実はあまり知られていません。番組では女優・富田靖子さんがゆかりの地の京都・下関・横須賀を旅しながら、おりょうの言葉を朗読。騒然とした時代を大胆に駆け抜けた龍馬と妻のおりょうの人生を、詩的に描いたヒューマン・ドキュメンタリー、鈴木かほる出演。

横須賀市大津コミュニティセンター講座

横須賀市大津コミュニティセンター講座

   龍馬を支えたお龍の魅力

日時  平成22年9月15日(水) 午後2時~4時

講   師     三浦一族研究会特別研究員  鈴木かほるさん

会   場   大津コミュニティセンター  2階  学習室

応募締切   9月2日

申し込み   大津コミュニティセンター  往復はがき・窓口・Eメール

神奈川新聞「かながわの本」スペイン外交

神奈川新聞「かながわの本」 2010年8月刊

『徳川家康のスペイン外交ー向井将監と三浦按針』 鈴木かほる著

    国際貿易港浦賀の謎解き 

 横須賀市浦賀は、ペリー来航の地として知名度が高いが、徳川家康の企画により、国際貿易港の役割を担ったことは、あまり知られていない。浦賀の名が、欧州までとどろいた期間は短く、貿易量もわずかであり、史料が乏しいことから、解明されていない部分が多い。
 著者は、浦賀を拠点とした家康のスペイン外交に光を当てた。家康の戦略に基づき、外交顧問のウイリアム・アダムス(三浦按針)、幕府船奉行の向井兵庫頭政綱・将監忠勝父子が活躍する姿が浮き彫りにされる。
 いくつかの重要で興味深い謎について、著者は解明を試みている。まず、家康は、なぜ、スペインとの外交に固執したのか。そこには、幕府の財政基盤を支えるためのある狙いがあったとする。
 また、家康が、為政者として日本史上初めて外国人の外交顧問に三浦按針を雇った理由についても、知識、宗教、性格など、多角な考察を加えていて、読ませる。朱印状の仲介をはじめ、浦賀貿易の統括者である向井氏が果たした役割も興味深く、往時のにぎわいを想像させる。
 家康が按針に命じて建造させた「サン・べナペンツ―ラ号」が、1610()年、浦賀からメキシコに向けて出帆してから、今年は400周年に当たる。
 著者は、横須賀市在住。
 (新人物往来社 ☎03-3221-6032、本体価格2800円)

タウンニュース「人物風土記」

タウンニュース「人物風土記」 2010年7月23日付

 鈴木かほるさん
        
調べたいことはたくさん


 ○…大河ドラマ『龍馬伝』で火がついた龍馬ブーム。龍馬の妻おりょうの解説をしてほしいと、NHKのみならずテレビラジオ各局から取材・出演依頼が舞い込んでいる。晩年のおりょうは酒浸りだったというイメージが強いが、未亡人となった妹の面倒を見るなど家族思いだった。「おりょうさんの名誉を回復したい」と3年前『史料が語る坂本龍馬の妻お龍』(新人物往来社)を出版。第一人者として今注目を集めている。
 ○…地域の歴史に目を向けたのは約30年前。息子が通っていた馬堀小でPTAの広報委員になった。市の広報コンクールで最優秀賞に輝いたこともあり、このまま別れるのは惜しいと「歴史探訪いずみ会」を結成。三浦半島を中心に史跡めぐりなどを行ってきた。この時、郷土の史跡や名所を紹介したテキストを探したが、図書館にも存在しなかった。「だったら自分で書いてしまおう」。『三浦半島』(神奈川新聞社)のタイトルで1冊にまとめ上げた。
 ○…だが書き終わった時、大きなむなしさを覚えたという。同書では歴史家が調べたことを参考にし、自分が新たに見つけたことは何も無かったからだ。古文書や漢文が読めなければ、
史実的な発見はできない。そこで、本格的に勉強するため、國學院大學文学部史学科に入学した。「最初は、先人達が調べ上げたのに、私なんかが発見できる余地はあるだろうかと思っていました。でもそうじゃないんです」。研究されていないこと、知られていないことはたくさんあることに気づいた。龍馬死後の、おりょうの生涯もそのひとつだ。
 ○…日本史全体の中で、自分の住んでいる地域がどう直結しているのか。繋がりのある人物や事柄を調べること、そして、これまで知られていない歴史にスポットライトを当てることがライフワークだ。「調べたいことはたくさんあります。病気もできないですね」と微笑む。一体次はどんな発見が待っているのだろうか。
※記事はタウンニュース横須賀版(2010年7月23日号)。

NPO法人鎌倉ガイド協会 総会記念講演

NPO法人鎌倉ガイド協会 総会記念講演      
 於鎌倉市教養センター  平成22年7月9日 13時から15時まで

テーマ  三浦和田義盛挙兵の真実   

 講師 三浦一族研究会特別研究員  鈴木 かほる 

FMブルー湘南 出演

お龍会館講演 「坂本龍馬とおりょうさん」

講演会 「坂本龍馬と おりょうさん タウンニュース横須賀版 2010年6月18日号

「坂本龍馬とおりょうさん」と題した講演会が6月27日(日)、米が浜にあるおりょう会館で催される。時間は午前10時から11時半まで。市内在住の郷土史家で坂本龍馬の妻、おりょうに関する著書のある鈴木かほる氏が講師を務める。参加無料で先着150名。
申込みは「おりょう会館」 【携帯電話】090−6934−2252担当 松下さんまで。

横浜市栄区テレビセミナー「龍馬伝」 平成22年度生涯学習講座

横浜市栄区テレビセミナー 「龍馬伝」 平成22年度 生涯学習

① 4月7日(水)  大河ドラマ「龍馬伝」       講師 NHKチーフ・プロディーサー  鈴木 圭氏

② 4月28日(水) 坂本龍馬の歴史環境       講師 東京学芸大学教授       大石 学氏

③ 5月19日(水) 龍馬と土佐藩            講師 高知県立坂本龍馬記念館 

                               主任学芸員               三浦夏樹氏

④ 6月2日(水) 史料が語る坂本龍馬の妻お龍  歴史研究家              鈴木かほる氏

⑤ 7月14日(水) 坂本龍馬の伝説と真実      幕末歴史研究家           菊池 明氏

会場     地球市民かながわプラザホール(JR本郷台駅 徒歩3分)

開催時間  13時30~15時30

受講料   3000円

募集人員 290名(応募多数の場合は抽選) 

申し込み方法  往復はがき

送り先      〒247-0006 横浜市栄区笠間3-45 B1210 福田博充

締め切り     平成22年3月5日 (金)

問い合わせ   福田894-9581         

(鈴木かほる主宰)歴史探訪いずみ会30周年記念講演 

(タウンニュース 2010年4月23日号 横須賀版より)

郷土史研究グループ・歴史探訪いずみ会30周年記念 講演

「後北条氏と三浦半島」 5月4日に開催

 Photo                          
 三浦半島を中心に、史跡や自然などを学んでいる横須賀市の「歴史探訪いずみ会」は、結成30周年を記念した講演会を開催する。日時は5月4日(火)午後 2時開演(午後1時半開場)。場所は京急汐入駅そばにあるヨコスカ・ベイサイド・ポケット。事前申し込みは不要で、入場自由。  当日は、戦国時代研究の第一人者で、NHK大河ドラマの時代考証なども担当する小和田哲男静岡大学名誉教授を講師に迎える。演題は『後北条氏と三浦半島』。関東の戦国大名として名をはせた後北条氏が、三浦半島に与えた影響などを学べる。
 
 問合せ・中世史家の鈴木かほるさん【電話】046(833)5832まで。

友好都市会津若松の歴史を学ぶ 会津 出前講座

友好都市・会津若松の歴史を学ぶ

【講師】中世史家鈴木かほるさん
第1回(講義)  平成22年3月3日(水) 10時~12時 生涯学習センター(ウェルシティ市民プラザ内)
第2回(宿泊見学) 平成22年3月17日(水)~18日(木)1日目会津若松市内2日目勝常寺、熊野神社長床ほか
第3回(講義)   平成22年3月24日(水) 10時~12時 生涯学習センター(ウェルシティ市民プラザ内)

横須賀市と友好都市である福島県会津若松市について、歴史的にど
のような関係があったのかを学ぶ3回連続講座の第2弾となります。2
回目には現地(会津若松市ほか)のゆかりの地を訪ねる1泊バス旅行
もあります。
【定員】40人(最少催行人数30人申込み多数の場合は抽選)
【参加費】19,500円(おひとり様)※参加費には、受講料・宿泊代・バス代・食事代(食事:朝1 昼1)など含む。
【申込締切】平成22年(2010年)2月8日(月) 20時必着 (財)横須賀市生涯学習財団

【申込方法】
下記のいずれかの方法で、・〒住所・氏名(フリガナ)・年齢・性別・電話番号を明記のうえ、締切日までに生涯学習財団「会津若松」係へ
・電話・来館・通常はがき(1人1枚)
・インターネットhttp://www.mmjp.or.jp/shogaigakushu/(“まなびかん”で検索)

★インターネットでの申込受付は’10.1月4日(月)13時からです。
【申込締切】平成22年(2010年)2月8日(月) 20時必着
【注意事項】
◆講座内容、見学行程等は変更になる場合があります。
◆参加費には受講料、宿泊代、バス代、食事代(3月18日朝1 昼1)、
拝観料などが含まれます。
◆基本1人参加ですが、グループで参加ご希望の方は下記お問合せ先
までお申出ください。

【お問合せ・申込み先】
(財)横須賀市生涯学習財団「会津若松」係 〒238-0046 横須賀市西逸見町1-38-11
TEL 046-822-4838 (8時30分~20時まで)

NHK,「爆笑問題のもう一つの龍馬伝」

NHK番組「爆笑問題のもう一つの龍馬伝」 2009年12月30日(水)の番組 【制作】NHK

【出演】田中裕二(爆笑問題)、太田光(爆笑問題)、竹中直人(ナレーター)、眞鍋かをり、美甘子、野村克也、福山雅治、江原正士
爆笑問題が、2010年大河ドラマ「龍馬伝」の主人公である坂本龍馬の素顔に迫る。
【声の出演】竹中直人【出演】太田光(爆笑問題)、田中裕二(爆笑問題)、眞鍋かをり坂本龍馬の素顔・2

【人物】坂本龍馬、武田鉄矢、長嶋茂雄氏、明智光秀、ラモス瑠偉、笑福亭鶴瓶、坂本乙女、美空ひばり、野村沙知代氏、大田光代氏、楢崎龍、トムハンクス、エディマーフィー、吉田敬(ブラックマヨネーズ)
【ゲスト】美甘子、野村克也氏、福山雅治、宮川禎一氏(京都国立博物館・学芸員)、渡辺瑠海氏、鈴木松美氏(日本音響研究所・所長)、古城春樹氏(下関市長府博物館・学芸員)、栄由利氏(栄流2代目家元)、橋尾直和氏(高知女子大学・文化学部教授)、西岡長水氏、江原正士

【資料・協力】高知県立歴史民俗資料館、ひばりプロダクション、井桜直美氏、京都国立博物館、高知県立坂本龍馬記念館、下関市長府博物館、信楽寺、鈴木かほる氏、アフロ、便利堂、モーションポートレート

三浦一族シンポ 基調講演 永井路子氏 パネラー鈴木かほる

「広報よこすか」平成21年8月号

シンポジウム
夢を紡ぐもののふ~三浦一族とその伝承~

 中世から近世にかけて全国に名をはせた「三浦一族}。横須賀の歴史を掘り起こすとき、その数々の足跡に触れることができます。
そんな三浦一族の歴史とともに語り継がれてきた、さまざまな伝承をひもとくシンポジウムを開催します。

と き  10月31日(土)13時30分~17時15分 (13時開場)
ところ  県立保健福祉大学講堂 (平成町)

★記念講演 「三浦氏こそ 相模のもののふ」=13時45分~15時。講演者は直木賞作家・永井路子さん。

★パネルディスカッション=15時15分~17時。
司会は三浦一族特別研究員・伊藤一美さん。
パネリストは駿河大学準教授・黒田基樹さん、国史学会会員・鈴木かほるさん、中世史研究者・高橋秀樹さん、青山大学講師・真鍋淳哉さん、横須賀商工会議所副水会頭・桜井三紀夫さん。

★定員は抽選400人。希望者(一通につき2人まで)は、9月30日までに往復はがきかファックス(fax 823-0401)で、全員の氏名(フリガナ)・年齢・代表者の郵便番号。

主催 横須賀商工会議所http://www.miurahantou.com/modules/bluesbb/thread.php?thr=31&sty=1&num=l50  
共催 横須賀市
H2110hp1_2
後援=横須賀市観光協会。横須賀市教育委員会。横須賀市生涯学習財団。三浦一族研究会。神奈川県横須賀三浦地域県政総合センター。横須賀交流プラザ。横須賀文化協会。衣笠観光協会。三浦市。(社)三浦市観光協会。三浦商工会議所。勝浦市。勝浦市商工会。勝浦市観光協会。和歌山県。和歌山市。和歌山商工会議所。和歌山市観光協会、水戸市、(社)水戸観光協会。水戸商工会議所。会津若松市。

三浦按針上陸400年記念講演

徳川幕府外交顧問・三浦按針上陸400年記念講演
演題「 1600年のカルチャーショック 日本に出会ったイギリス人 」

 9月30日(土)10時~12時、
 横須賀市逸見公民館。
 講師はNHK文化センター講師・鈴木かほるさん。

講演終了後、横須賀観世流謡曲連盟の皆さんが按針にちなんだ謡曲(素謡)「按針讃歌」を披露します。入場自由。車での来場はご遠慮ください。
<逸見公民館(823)3205>

大津コミュニティセンター講座 「お龍と龍馬」

平成21年5月号 大津コミュニティセンターだより 

講座 「お龍と龍馬 その1」 

ところ 大津コミュニティセンター 2階 学習室

講師 中世史家 鈴木かほるさん

定員 28名(応募者多数の場合は抽選)

申し込み  5月29日必着 往復ハガキか来館。大津コミュニティセンター 835-2872

横須賀市大津コミュニティセンター講座「お龍の真実の生涯」

「お龍と龍馬その1」~坂本龍馬の妻お龍の真実の生涯


  <と き>平成21年6月12日~6月26日の金曜日 午前9時30分~11時30分(全3回)
  <ところ>大津コミュニティセンター 2階学習室
  <内 容>史料が語る坂本龍馬の妻お龍の実像
  <講 師>中世史家 鈴木かほるさん
  <受講料>無料
  <対象・定員>一般 28人(抽選)
  <応 募>希望者は必要項目を書いて5月29日(金)までに往復はがき、Eメール、
  ファックス、直接来館(返信用官製はがき要)のいずれかで大津コミュニティセンター(〒239-0808横須賀市大津町3-18-13)へ。
●必要項目:郵便番号・住所・氏名(フリガナ)・年齢・電話番号・記事の表題
問合せ: 大津コミュニティセンター Tel: 046-835-2872 Fax: 046-835-2872

横須賀市大津コミュニティセンター歴史講座

2009年大津コミュニティセンター歴史講座
 
 テーマ「坂本龍馬の妻お龍の真実の生涯」

 講師・鈴木かほる氏

内容
 坂本龍馬を愛したお龍は、どういう女性で、どのような生涯を送ったのか。横須賀市大津町の信樂寺に眠るお龍。史料が語るその実像を学ぶ。

 第1回 6月12日 (金) 9時30分~11時30分
 第2回 6月19日 (金) 々
 第3回 6月26日 (金) 々

ところ   大津コミュニティセンター 2階 学習室
参加費  無料
定員    28名(応募者多数の場合は抽選)
締切日  5月29日必着

申込み・問合せ 横須賀市大津コミュニティセンター 電話835-2872

「広報よこすか」2009年4月号 三浦一族研究会総会 記念講演会

「広報よこすか」2009年4月号 

三浦一族研究会総会 記念講演会
  
記念講演の演題 「源頼朝のご落胤と伝ご落胤ー三浦氏も含めてー」 

Photo_4講師は、三浦一族研究会副会長 鈴木かほるさん

 とき   2009年5月30日
 ところ  ヨコスカ・ベイサイド・ポケット

横須賀開国史研究会・三浦一族研究会では、講演会、講座、史跡巡りなどを行っています。それぞれ年会費1000円で、誰でも参加できます。詳しくは、文化振興課(046-822-8116)へ。

横須賀市「大津エルダー学級」講座

▲横須賀市「大津エルダー学級」
 《と き》 2009年?5月21日〜10月15日の水曜日 9時30〜11時30(全10回)
 《ところ》 大津コミュニティセンター 2階学習室他
 《内 容》 『三浦按針と向井将監』 歴史講座
 《講 師》 中世史家 鈴木かほるさん他
 《受講料》 1,000円(教材費、傷害保険料)
 《対象・定員》65歳以上  28人(抽選)
 《締め切り》 5月7日(水)まで
△《応 募》希望者は必要項目を書いてに往復はがき、ファックス、
      Eメール、直接来館(返信はがき要)、のいずれかで
      大津コミュニティセンター(〒239-0808 横須賀市大津町3-18-13)へ。

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