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毎日新聞 かながわワイド 「龍馬の死後のお龍の人生を調査」

毎日新聞 平成17年7月2日付 「かながわワイド」

龍馬の死後のお龍の人生を調査

 幕末の風雲児・坂本龍馬の死後、妻おりょうは、どう生きたか。横須賀市の主婦、鈴木かほるさん『市史研究横須賀』に、横須賀での死去までを迫った「お龍と横須賀」を寄稿した。

皇后の夢
 明治37年(1904)2月、葉山御用邸で皇后が龍馬の夢を見た。これが新聞に報じられ、忘れられていた「龍馬の妻」が、再び注目された。おりょうは明治8年(1875)、横須賀で商人、西村松兵衛と再婚していた。明治39,年1月、66歳で死亡。その時、「萬朝報」に写真が掲載された。

妻のプライド
 松兵衛は、京都の呉服屋の若旦那で、おりょうがいた寺田屋にも泊まっていた。商いが傾き、明治に入り、知人を頼って横須賀へ。造船所の資材運搬で東京へ出かけた。おりょうは龍馬の暗殺後、土佐や京都を転々ととし、嫁いだ妹を頼って東京へ。東京で旧知の松兵衛と出会い、横須賀で暮らし始めた。大阪にいた母親を横須賀に呼び寄せた。晩年は松兵衛と別居していた。龍馬の妻として3年余り、松兵衛とは30年余りだが、市内の信樂寺には「龍馬の妻龍子之墓」と刻まれている。
---鈴木さんは「歴史探訪いずみ会」を主宰し、3年ほど前から調べ始めた。「時代を駆け抜けた龍馬の妻だと、晩年も、そのプライドで生きていた。誤伝や俗説が多く、おりょうの名誉回復のためにも、さらに調査し、本にまとめたい」と抱負を語った。(網谷利一郎)

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