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御宿に誘われて 岸本静江さんのブログ独り言
 
7月以来ブログ更新しなかったのは、連日の猛暑のせいと、それにもかかわらず結構多忙なスケジュールをこなしていたから。で、以下3回に分けて連載。
①「御宿・大多喜ガイド」
 猛暑の812日、友人で江戸初期の鉄砲鍛冶の研究者、北村陽子さんと横須賀在住で相模三浦一族を中心にした三浦半島の歴史や英人ウイリアム・アダムス(三浦按針)の研究者として著作多数、著名な鈴木かほる先生を夫と御宿・大多喜探訪にご案内した。
 まず定番の御宿メキシコ塔。海水浴シーズンとて見物客が常より大勢。なのにいつもはヘンポンと翻っている日本・スペイン・メキシコの国旗がその日はなぜか掲揚されてない。お盆休みかな? 大理石の記念塔も全体に湿気を含んだ靄がかかり、高台から鳥瞰する水平線もモワッとした水蒸気で空との区別がつかない。
 でも御宿初めての北村さん大喜び。鈴木さんも10年振りの来訪で2009年、日本=メキシコ友好400年記念に建立されたラファエロ・ゲレーロ作「抱擁」のブロンズ像は初めてとか。
次いで400年前の930日スペイン領フィリピンの臨時総督だったメキシコ人ロドリゴ・デ・ビベロ・イ・アベルッサ漂着地岩和田海岸へ。狭く険しい断崖の細道を下りサン・フランシスコ号座礁浜へ。浜まで降りると波間に岩礁が見え隠れする。400年前の台風の晩、370人のスペイン人、メキシコ人乗船のこの船はこの岩場で暗礁に乗り上げ座礁したのだ。一行は御宿漁民に救助された後、徳川家康・秀忠父子と会見、翌年三浦按針の築造したガレオン船でメキシコへ帰国したのは、すでに幾度もこのブログで紹介している。
ロドリゴの足跡を訪ねる人もこの浜まではあまり訪れない。
 まして御宿駅近く、房総の誇る銘酒蔵元「岩の井」の母屋の梁がサン・フランシスコ号の帆柱だというのは知る人ぞ知る。客人お二人は「日本海事史学会」会員とて社長の岩瀬氏の許可を得て写真撮影。
 昼食後は大多喜城。1590年徳川四天王の一人、本多忠勝により築城されたが昭和50年(1975年)に再建、現在は千葉県立中央博物館大多喜城分館として本丸跡に建てられた天守閣づくりの歴史博物館。
ここもロドリゴが家康の命で本田忠勝の次男忠朝に歓待された城。私達夫婦も実はウン十年ぶりの再登城(!?)。当時は我ながらこれほどロドリゴ史にのめり込もうとは思わなかった。
さすが鈴木先生はこの道研究の第一人者。以前にも登城?された由で今回もロドリゴの「日本見聞記」の大多喜城訪問の部分の書き抜きを手に「壕の跡地は?」とか「二の丸の方向は?」など城周辺のジオラマを前に熱心な研究振り。
 夫は展示されたポルトガルから渡来直後のいわば「元祖鉄砲」を前に鉄砲鍛冶研究家の北村さんから構造や材質などの説明を聞く。1543年種子島に渡来したこの火縄銃を日本人は自国生産に成功し、わずか半世紀後には50万丁以上を所持していたともいわれ、当時世界最大の銃保有国となったとか。
 いやはや、お二人の碩学を前に房総出身・在住の私だが、「ジモティ」を称する資格はまだまだだなぁ、と痛感した次第だった。

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