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歴史秘話ヒストリア 家康 大航海時代に出会う!イギリスの侍 按針の大冒険

  鈴木かほる著『徳川家康とスペイン外交ー三浦按針と向井将監ー』をもとに「徳川家康が按針を重用したのは、英蘭貿易のためではなく、スペイから新しい鉱山技術アマルガム法の鉱山技師を招聘するためである、という新説を取り入れ番組を作成したものです。主な内容は下記のとおりです(2018年4月18日本放送・歴史秘話ヒストリアのHPより)

家康が按針に与えた領地は現在の神奈川県横須賀市の逸見。今でも按針の暮らしぶりが語り継がれている。按針の屋敷は村の中心にある浄土寺の南側にあった。按針は日本人女性と結婚しジョセフとスザンナが生まれた。地元の人々にワインやパンの作り方を教えるなど、親しく触れ合った。逸見の人々は按針を慕っていたという。

 

按針が日本に来て4年、家康は按針をスペインとの貿易交渉に当たらせた。その頃スペイン船は九州までしか来なかった。家康は江戸近くまで呼び寄せようと考え、按針が浦賀にスペイン船を案内し、浦賀は毎年スペイン船が来航する国際貿易港になった。家康はスペインの総督に銀山で働く者を遣わして欲しいと頼んだ。新潟県の佐渡には家康が開発した金銀山があった。ところが家康の時代は佐渡は大量の木炭を使うために莫大な経費がかかっていた。

 

スペインが開発した銀山では鉛の代わりに水銀を使い、アマルガム法を取り入れていた。家康はスペイン総督に最新のアマルガム法を教えて欲しいとお願いしたが、スペインの宣教師は見返りに日本での布教と利益の半分をスペインの国王へ寄越せと交渉。家康はそれに承諾し、翌年スペインの使節が来日。家康と会見し家康に洋時計が贈られた。返書の翻訳を呼んだ家康は激怒。技術者のことは先送りにされ、沿岸の測量を要求され家康は承諾し按針は不審に思った。その思惑は当たっており、スペインは日本を植民地にしようとしていた。按針は家康に警告し、交渉の打ち切りをした。

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