カテゴリー「文化・芸術」の記事

江戸初期に栄えた国際貿易港浦賀に「日西墨比貿易港之碑」が建立されました(2019年4月25日)。

  2019年4月25日、横須賀市東浦賀須崎の東叶神社に国際貿易港の記念碑「日西墨比貿易港之碑」が建立され、多くの御参列を頂き除幕式が行われました。

謝 辞 

 本日は、国際貿易港の碑「日西墨比貿易之地碑」建設の、除幕式にあたりまして、このように多くの方々に御参列頂きまして、大変、嬉しく思います。恐らく国内において、平成最後のモニュメントとなったのではないでしょうか。

 建碑の由来を申し上げますと、浦賀湊は、徳川家康の鋭意によって、スペイン貿易港として開港され、大航海時代にマニラ・ガレオン船の寄港地として、重要な役割を果しました。浦賀地域の象徴である、ここ東叶神社において、御披露目することができますのも、歴史に御造詣の深い永井宮司様、並びに氏子会の方々の、深いご理解の賜物でございます。建碑にあたりましては、浦賀は本より、東京や静岡そして岡山県の方からも、御支援を頂きましたことに、改めて皆様の文化的意識の高さを実感した次第でございます。そして、この建碑の仕掛人は、藤本美智子氏であります事を、私から一言、御紹介に留めさせて頂きたいと思います。
 貿易港といえば、長崎の研究が主流であって、残念ながら浦賀が国際貿易港であったという史実は、周知されていないのが実状でございます。オランダとイギリスの貿易港は平戸でございます。ポルトガルは長崎です。スペインは浦賀でございます。町起こしの原点は観光であり、観光の源泉は歴史や文化でありますこの記念碑の建立は、横須賀市が提唱する「国際 海の手 文化都市」という、地域に根ざした町づくりとの連関において、観光資源としても、誠に意義深いものと考えております。 
 歴史研究には、終着点はありません。この記念碑の存在によって研究が進展し、浦賀が国際貿易港として認知され、海を越えて伝播していくことは確実でございます。徳川家康のお膝元である静岡市では現在、歴史博物館の建設を進めておられますが、そこに常設展示として、浦賀・スペイン外交のコーナー特別に設置するそうでございまして、私も協力を呼び掛けられております。
 いずれ浦賀も、長崎と並び生徒が学ぶべき外交史として、教科書に投影されることは、必定でございます。この記念碑の存在によって、内外の多くの人々が、浦賀を訪れて下さることを、発起人一同、期待致しております。

最後になりますが、僭越ながら本日、御参列の方々に心より感謝を申し上げますと共に、皆様の一層のご多幸を祈念いたしまして私の挨拶とさせて頂きます。本日は誠に有難うございました。

                    平成三一年四月二五日  日本海事史学会  鈴木かほる

 Photo_2
  碑文は以下の通りです。

          日西墨比貿易港之碑  

 Monument of Trade between SpainMexicoManila via Uraga

 慶長3(1598)、徳川家康はスペイン(西)領メキシコ()から新製錬技術を導入するため、スペイン領マニラ()からメキシコのアカプルコ港へ向かうスペイン商船(ガレオン船)を浦賀湊に寄港させるよう交渉した。そのため慶長5年に上陸した英人ウイリアム・アダムス(日本名・三浦按針)を顧問とし、江戸邸のほか三浦郡逸見村の采地と浦賀邸を与えた。三浦按針はマニラにも渡海し浦賀貿易再開のために尽力した。江戸・浦賀・静岡・伏見・大坂にはフランシスコ会修道院が創設され、浦賀洲崎にはスペイン人を保護する高札が立てられた。この浦賀貿易を管轄していたのが船奉行向井将監忠勝である。

浦賀湊には前フィリピン総督ロドリゴ・デ・ビベロ・イ・アベルサやメキシコ副王の使節セバスチャン・ビスカイノが訪れ、三浦按針建造のブエナ・ベントゥーラ号はロドリゴの帰国のために提供され浦賀を出帆し、幕府船として初めて太平洋航路横断を果した。伊達政宗の遣欧船サン・ファン・バウティスタ号もスペイン国王使節ディエゴ・デ・サンタ・カタリナを乗せ入港している。

三浦按針の母国との通商成立は来日から14年目であり、その3か月後の慶長1812月全国にバテレン追放令が公布された。元和2(1616)貿易港は長崎・平戸に限定され、三浦按針が平戸への移住を余儀なくされるまで、浦賀は長崎と並ぶ東国唯一の国際貿易港として重要な役割を果した。

 2019年4月吉日 建之

  建碑発起人  浦賀湊を世界文化遺産にする会

  撰   文   日本海事史学会 鈴木かほる

  建碑賛同人  東叶神社氏子会

         寄付者一同(裏面に記載)

 

00pg_1 02    

国際貿易港浦賀に建立された「日西墨比貿易港の碑」

  神奈川県全域・東京多摩地域の地域情報紙

 タウンニュース 横須賀版 掲載号:201951日号

東叶神社記念碑 国際貿易港として栄えた 浦賀は大航海時代の重要拠点 文化

0201951  江戸時代初期、浦賀港にガレオン船(スペイン商船)が寄港していた史実を伝  える石碑が先月25日、東浦賀の東叶神社、正面入口に完成し、除幕式が行われた。建碑の発起人である「浦賀湊を世界遺産にする会」の鈴木かほる代表は、「浦賀が国際貿易港として栄えたことを伝える意義ある一歩」と話した。
 同会では建碑を契機に、スペイン、メキシコ、フィリピンの3カ国が世界文化遺産登録を目指している大航海時代の貿易ルート「マニラ・ガレオン船の太平洋航路」のリストに、浦賀港を加えてもらうための活動を本格化させていく。徳川家康の命を受け、外交交渉を行った三浦按針が活躍した歴史を観光の資源として活用してもらうことも期待する。
 鈴木代表によれば、当時の浦賀に寄港したガレオン船は1年近く停泊し、日本と貿易を行ったという。フランシスコ会修道院も創設され、浦賀洲崎にはスペイン人を保護する高札が立てられた。按針屋敷もあったという。

◀東叶神社に立った石碑と鈴木代表

 

「神奈川新聞」講演会ー国際貿易港浦賀ー「家康と按針」於横須賀ベイサイドポケット

世界遺産登録を目指す 浦賀港の歴史を学ぶ 2月9日に横須賀で講演  神奈川新聞2019年0月20日付
Photo_1 横須賀市在住の歴史研究家が国際貿易港として栄えたとする浦賀港の歴史を紹介する講演会が2月9日、ヨコスカ・ベイサイド・ポケット(同市本町)で開かれる。世界文化遺産登録を目指す大航海時代の貿易ルートのリストに、同港を加えてもらうための取り組みを始めた地元住民が、その運動を盛り上げようと企画した。 
 講演会を主催するのは、地元住民でつくる市民団体「浦賀湊を世界文化遺産にする会」。スペイン、メキシコ、フィリピンの3カ国が登録を目指す「マニラ・ガレオン船の太平洋航路」のリストに、その中継地として栄えたとされる同港も入れてもらおうと昨年に発足し、活動している。
 太平洋航路は、スペインが大型帆船「ガレオン船」を使い、植民地だったフィリピン・マニラ−メキシコ・アカプルコ間で行った貿易ルートで、中国の絹織物やメキシコの銀などが運ばれた。
 講演会では、歴史研究家で団体の代表にも就いた鈴木かほるさん=同市桜が丘=が講師を務める。鈴木さんによると、同港は太平洋航路の中継地で、1604(慶長9)年から貿易が長崎、平戸の2港に限定された16(元和2)年までスペインの船が出入りしていたという。
 当日は、浦賀港を開いた徳川家康がスペインとの外交を望んだ理由や、家康の外交顧問として活躍した英国人ウィリアム・アダムズ(日本名・三浦按針)の果たした役割など、長年の研究結果について解説する。
 浦賀は幕末にペリー提督が来航した「開国の地」として知られているが、鈴木さんは「港を閉じた歴史と、港を開いた歴史。浦賀には貿易史で重要な二つのキーワードがある。地元でもあまり知られていない歴史に注目してほしい」と来場を呼び掛けている。
 講演会は午後2時からで定員は約300人。入場無料。

「タウンニュース」講演会「家康と按針」2019年2月9日 於横須賀ベイサイドポケット

タウンニュース  横須賀版 掲載号:2019215日号

「スペイン交渉に立った按針」  

講演した日本史研究家の鈴木かほる氏 浦賀湊を世界文化遺産にする会

 戦国末期から江戸初期、西洋列強が新航路開拓に血道を上げた大航海時代の貿易ルート「マニラ・ガレオン船の太平洋航路」。これの中継地点として浦賀湊が位置づけられていた史実を伝える講演会が今月9日、本町のヨコスカ・ベイサイドポケットで開かれた。浦賀湊を世界文化遺産にする会の主催。同航路が世界文化遺産候補になっていることから浦賀もリスト入りさせようと、地元住民が運動を展開している。
 この日は同会で代表を務める桜が丘在住の日本史研究家、鈴木かほる氏が、「徳川家康のスペイン外交」を主なテーマに講演。三浦按針が家康に外交顧問として迎え入れられたのはオランダ・イギリス貿易ではなく、対スペイン交渉のためとする新説を宣教師の書簡から導き出し、国際会議で論文発表したことなどを紹介した。
 同会では、浦賀港近くの東叶神社にガレオン船がつないだスペイン、マニラ(フィリピン)、アカプルコ(メキシコ)との交流を示す石碑を今春にも設置する。建碑を記念したシンポジウムを4月6日に開くことも報告した。

シンポジウム「家康と按針」ーマニラとアカプルコの間の浦賀ー基調講演 鈴木かほる

神奈川県横須賀市浦賀湊に、平成最後の「新名所」誕生!!

2018年4月より「浦賀湊を世界文化遺産にする会」のプロジェクトとして、国際貿易港浦賀の記念碑建立に向けて進めてきましたが、このたび多くの賛助金を頂き「日西墨比貿易港之碑」と題する碑を建立することになりました。除幕式は2019年4/25(木)10時より、東叶神社において行われます。  
 これに伴いまして、記念シンポジウム「家康と按針」を開催します。三浦按針を大河ドラマに!! 。お誘いあわせの上、お越しください。 

 Img217_2 建碑記念シンポジウム

  「家康と按針ーアカプルコとマニラの間の浦賀ー」 

   2019年4月6日(土)13時40分~16時30分 於横須賀ベイサイドポ ケット(京急汐入駅 前)         入 場無料 先着500名。

   鈴木かほる(基調講演)「マニラとアカプルコの間の浦賀」 

   岩淵聡文(コーデネーター)「多国間にまたがるユネスコ世界文化遺産」

   山田義裕「マニラ・ガレオン」

  1.   M. Perrin 「浦賀湊におけるスペイン駐留の物質的証拠」

「浦賀湊を世界文化遺産にする会」のサイト

 

Img213_2  大航海時代、家康が浦賀湊にスペイン船を招致したことにより、浦賀はマニラとアカプルコ(メキシコ)を結ぶ中継地となり、長崎・平戸と共に国際貿易港として世界にその名を轟かせていた。このガレオン船の航路が世界文化遺産の候補となっている。鈴木かほるが香港国際会議で研究発表したことがきっかけとなり、そこに浦賀もリスト入りさせようと立ち上げたのが「浦賀湊を世界文化遺産にする会」である。同会では、家康と三浦按針が果たした浦賀外交を理解して頂くため講演会を行います。

日程は下記のとおりです。※ポスターは京急全線の特急停車駅の上下線に掲示されます。

演題 浦賀湊を世界文化遺産に!「家康と浦賀そして三浦按針」

日時  20192/9() 開場 13時半 開演14時 終演16

会場  横須賀ベイサイドポケット 入場自由300名 

講師  鈴木かほる氏

主催:浦賀湊を世界文化遺産にする会 後援:横須賀市

 

 

 

 

 

 

 

 



国際貿易港浦賀を世界遺産に 石碑建立の賛助者募集

 

    浦賀をユネスコ世界文化遺産に

 

 国際貿易港浦賀の建碑に関する趣意書

 

 

建碑の主旨

 

スペイン、メキシコ、フィリピンの3か国により、マニラ・ガレオン船の太平洋航路がユネスコ世界文化遺産候補にノミネートされました。その中継貿易港であった浦賀をリストに載せ、世界文化遺産へと繋げていくためには、スペイン貿易における浦賀の位置づけを周知させることが肝要であります。その史実の証となる碑を建立し、確実に浦賀に定着させ、内外に発信していくことが必須条件であると考えます。

 

国際貿易浦賀の実態

 

徳川家康はスペインと交渉し、スペイン商船の浦賀湊への入港を交渉しました。そのためイギリス人三浦按針を外交顧問とし、江戸邸のほか逸見村と浦賀邸を与えたのです。浦賀にはフランシスコ会修道院が建てられ、スペイン商人を保護する高札も立てられました。

 

三浦按針が家康のために造船したブエナ・ベントゥーラ号は、フィリピン総督を乗せて浦賀を出航し、幕府船として初めて太平洋航路横断を果しました。伊達政宗の遣欧船も浦賀に入港しています。三浦按針の来日から13年後、イギリスとの通商は成立しましたが、その3年後、貿易港は長崎・平戸に限られ、三浦按針は平戸へ移住し、東国唯一の貿易港浦賀の生命は絶たれました(日本海事史学会・鈴木かほる記)

 

 

20189月吉日

 

 

建碑賛同人代表 岩淵聡文 東京海洋大学大学院教授 

 

イコモス国際水中文化遺産委員会日本代表

 

 

 

 

本会の主旨に賛同し、建碑費用(150万円)の一部を御寄付くださる方は、1115日までに下記の口座にお振込み下さるようお願い申し上げます。13000円とし、10口以上は刻銘させて頂きます。(問合せ先 宮井新一 046-841-0944)

 

 

振込先

 

ゆうちょ銀行 〇九八店(ゼロキュウハチ) 普通 口座 番号0700771

 

名義「浦賀湊を世界文化遺産にする会」宛

 

浦賀を世界遺産へ 石碑建立

「浦賀港」世界遺産目指し記念碑を建立へ

読売新聞 横須賀・横浜・川崎版 20180912日付 

        航海時代の貿易ルート中継地

 

スペイン、メキシコ、フィリピンが国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)に申請し、世界文化遺産候補となっている大航海時代の貿易ルート「マニラ・ガレオン船の太平洋航路」に、中継地として栄えた浦賀港(横須賀市)もリスト入りさせようと、地元住民が今月、「浦賀湊を世界文化遺産にする会」を設立した。記念の石碑を設置し、講演会やイベントも開催、国際貿易港だった浦賀港を内外にアピールする計画だ。

 

 同会のメンバーは、藤本美智子さん(74)(同市西浦賀)ら7人。藤本さんは今年2月、同市在住の歴史研究家鈴木かほるさんが、浦賀港を世界文化遺産にしようと国際会議で論文発表などをしていることを本紙記事で知り、その活動に共感。同級生の宮井新一さん(73)らを誘って同会を設立した。

 

 手始めに、同港近くの東叶神社に、スペインなど3か国との交流を示す「西墨比貿易之地碑」と刻んだ石碑を設置する。高さ1メートル89の御影石製で碑文は鈴木さんが考えた。11月末に披露する予定で、費用(150万円)の一部を寄付してくれる賛同者を募っている。

 

 藤本さんらは「江戸幕府のキリスト教に対する禁教令や鎖国政策により、わずか13年で歴史から消えた国際貿易港としての史実を内外に示し、世界文化遺産のリスト入りにつなげたい」と話している。同会への問い合わせは、宮井さん(046・841・0944)。

 

 

 

 

「浦賀湊を世界文化遺産にする会」

 横須賀エフエム放送版横須賀横須賀エフタウンニュース│神奈川県全域・東京多摩地域の地域情報紙エム放送版横横横横須賀販賀エフエ

「浦賀」世界遺産登録願い     2018/9/21 横須賀版

石碑設置で周知、寄付募る 江戸時代初期に国際貿易港として栄えた浦賀をユネスコ世界文化遺産候補のリストに加えようと、地元住民らが活動をスタートさせた。スペイン、メキシコ、フィリピンの3カ国による「マニラ・ガレオン船の太平洋航路」がユネスコ世界文化遺産候補になっていることから、同地の登録をめざす。往時、スペイン商船が浦賀湊を貿易ルートの中継地としており、史実の証となる碑を建立して、国内外にアピールしていく。建碑のための寄付を呼び掛けている宮井新一さん(左)と藤本美智子さん

       建碑のための寄付を呼び掛けている宮井新一さん(左)と藤本美智子さん

江戸初期の国際貿易港
 
 「浦賀をユネスコ世界文化遺産に!」を掲げ、国際貿易港だった史実を伝える建碑を計画しているのが「浦賀湊を世界文化遺産にする会」。学会で論文発表を行うなど、世界遺産登録をめざして独自に活動していた桜が丘在住の歴史研究家、鈴木かほるさんの姿に郷土史研究家の宮井新一さんらが共鳴。同会を立ち上げた。最初の取り組みとして、スペイン貿易における浦賀の位置づけを周知する石碑を建てる。予定地は浦賀湾近くの東叶神社境内。11月末に披露する予定で、150万円の費用は賛同者の寄付で賄う。

同会では、スペイン商船の浦賀湊への入港交渉にイギリス人の三浦按針が外交顧問として大きな役割を果たしていたことにも注目。浦賀にフランシスコ会修道院が存在し、スペイン商人を保護する高札が建てられ、国際色豊かな町であったことなども伝える。
 
 寄付は10月15日(月)まで受付。1口3千円で10口以上は刻銘される。詳細は宮井さん【電話】046・841・0944
 
【振込先】ゆうちょ銀行098 普通 口座 番号0700771 名義「浦賀湊を世界文化遺産にする会」

須賀版横須賀版2018年9月21日 金曜日 2018年9月21日 金曜日

香港における国際会議「家康と浦賀スペイン外交・三浦按針」

「第3回アジア太平洋地域水中文化遺産会議」が香港海事博物館において開催されました。

 平成29年1127日から12月1日まで「第3回アジア太平洋地域水中文化遺産会議」香港海事博物館において開催され、海の歴史と文化についての広範囲なトピックが議論された。この国際会議は世界ユネスコなどの後援を受けたアジア地域では最大級の学術大会である。

 このたび、学者たちの活動によりマニラー浦賀―アカプルコのガレオン船航路が世界ユネスコ遺産にノミネートのリストに載せられ、日本からは日本海事史学会の鈴木かほる氏(平成28年秋に瑞宝単光章受賞・横須賀市在住)が「マニラとアカプルコの間の浦賀」というテーマで参加している。日本の貿易港はイギリス・オランダの平戸、ポルトガルの長崎は知られているが、関東浦賀が国際貿易港として世界にその名を轟かせていたという歴史的事実は、周知されておらず、今でも教科書にも記述されず、したがって国際的にも浦賀を中心としたスペイン人宣教師のキリスト教施設の歴史的存在の視点は全く欠けている。

  今回の発表内容は、徳川家康がメキシコの画期的な金銀製錬技術を導入するため、スペイン領マニラのガレオン船を関東浦賀に招致し、そのため三浦按針(ウイリアム・アダムス)が顧問として重用されたことである。浦賀はガレオン船航路の中継点として日本を「鎖国」へと導いた重要な歴史であり、今回の発表により、浦賀が国際貿易港として世界に認知されることになる。

Img112





 

 

より以前の記事一覧